武者陵司「日本金利高の怪とベッセント発言」
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―日本金利とドル円ピークを確認し株式急騰へ― (1)日本金利上昇の怪 日本の金利上昇はミステリアスである。ベッセント米財務長官はそれが米国に波及することを心配している。金利上昇が日本の財政懸念やインフレ高進によるものなら、それを止めてほしいと願っている。また、円安の進行は日本のインフレを高める。放置すれば「円安→インフレ高進→利上げ」の悪循環が始まりかねない。それは米国の国益に反するので協調介入に踏み切った。単純明快な論理である。 ●経済低迷の中で金利だけ正常化 根源には日本の金利急騰の謎がある。日本の10年国債利回りは、9月1日に30年ぶりに3%を突破した。この水準は、ドイツやスウェーデンなど健全なインフレが続いている欧州諸国並みの水準である。2022年末にゼロ金利を解除して以降、3年余りという短期間で他国並みの金利水準を獲得するという、長足の「正常化」が進行したのである。 ●景気失速の懸念もある日本、コアコアCPIは目標の2%を大きく下回る しからば、この金利上昇は日本のファンダメンタルズ向上に見合っているかと言えば、全くそうではない。日本のGDP(国内総生産)成長率はG7でもことさら低く、7月の実質家計消費は-3.6%と8カ月連続で前年同期を下回った。2014年第1四半期(1-3月期)をピークとした消費の低迷は全く解決されていない。また、基調的物価上昇圧力を、最も重要なコアコアCPI(食品・エネルギーを除く総合指数)で比較すると、他国に比し著しく弱いことは明らかである。日本の潜在成長率が他の先進国並みに上昇しているとは、とても言えない状況なのである。 ●日本国債の突出したタームプレミアムの上昇 このファンダメンタルズから乖離した長期金利の上昇の原因は何か。ベッセント氏を始め誰にも確かな理由が分からない。 ただ、はっきりしているのは、日本国債の価格に相当のリスクプレミアムが付与されていることである。10年国債利回りは(A)償還期間が短い短期の国債の金利差から求められる短期金利の積み上げ、(B)その間に発生するリスクプレミアム(焦げ付き確率:タームプレミアム)に分解できる。米独日の10年国債利回りのタームプレミアム推移をみると、日本国債のタームプレミアムが突出して高まっていることが明確である。2025年以降、米国、ドイツが0.6%から1%の範囲内で推移しているのに対して、日本は1.8%に達している。 突如、日本国債においてのみリスクが高まっているとすれば、それはなぜなのか。コアコアCPIが他国以上に抑制されていることから、インフレでないことは明らかである。とすれば、高市政権の積極財政による財政不安しか思いつかない、というのが世界の投資家の平均的観測なのではないか。ベッセント財務長官もそうした一般的viewに影響されている可能性がある。6月末に高市政権が「責任ある積極財政」による骨太方針の原案を提示しことを受け、多くのメディアがそれによるショックと喧伝していることも、そうした観測に拍車を掛ける。 ●日本の財政は健全、貯蓄は潤沢 しかし、その見方は明らかに間違っている。日本では税収が大きく増加し、財政余力が高まっている。IMF(国際通貨基金:2026年4月経済見通し付属データ)の一般政府財政収支対GDPをG7で比較すると、最も経済成長率が低い日本の財政赤字縮小が際立っている。日本の「財政赤字/GDP」は2024年1.67%、2025年1.05%と2年続けてG7最小の赤字となっている。 また、2021年以降、税収は当初予算を6兆~10兆円上回ることが常態化している。2025年度は当初予算78.4兆円に対して、決算は84.2兆円と5.8兆円上回った。税収上振れ額はGDPに対して1.0~1.6%に相当する。食料品に対する消費税減税は年額5兆円と推定されるが、それは税収上振れでカバー可能である。また、ドル売り介入が4~5月と7~8月の合計で27兆円ほど実施された。それによる為替実現益は7兆~10兆円と推定され、それも税外収入となる。 これほどの潤沢な財布事情の下でタームプレミアムが高まるとは、到底考えられない。そもそも日本政府は他国に比し極端に大きな金融資産を保有しており(対GDP比120%)、そこから得られる収益が大きい。何よりもタームプレミアムの突出した上昇は、高市政権が誕生する前から起きていたことを想起するべきである。 ●タームプレミアム上昇の理由は需給か では、何が原因で日本国債が大幅に売られて金利が上昇したのか。その原因は、国債需給の悪化であろう。日銀はQT(量的金融緩和の巻き戻し)を2024年8月に開始して以降、ピークでは588兆円あった国債保有額を2026年6月末で497兆円まで押し下げた。昨年1年間で50兆円の国債純売却となった。この性急なテーパリング(量的緩和縮小)が、需給を大きく悪化させたとみられる。米国でもQTによりFRB(米連邦準備制度理事会)は米国債保有額を6兆ドルから4兆ドルへと激減させたが、金利上昇により国内投資家のMMF(マネー・マーケット・ファンド)を通した国債投資が急増したことで十二分にカバーされた。日本は1200兆円の家計保有の現預金がほとんど国債購入に向かわない。 世界最大の機関投資家かつ最大の日本国債投資主体であったGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、2014年の改革で国内債、海外債、国内株、海外株をそれぞれ4分の1ずつ保有するというルールに変更し、日本国債を売り続け、巨額の運用益を実現するに至った(それを吸収したのが日銀の国債大量取得)。 しかし、この資産配分が極端に高リスクであることは、言を待たない。年金支払い義務は100%「円」であるのに、その裏付けとなる資産の半分が海外資産なのである。これまでは幸運にも円安進行で利を得られたが、日本経済が改革に成功し成長率が高まっていけば、必ず円高に転じる。米国を始めどこの国でも、年金運用の主体は自国国債である。いずれGPIFは保有外貨資産を減らし、日本国債主体にポートフォリオを変更するだろう。GPIFの運用方針の変更は、他の年金保険運用に波及する。それは巨額の日本国債買いとドル売りの圧力になるだろう。 (2)金利・為替・株価の見通し ●日米長期金利はピーク圏にある 日米ともに金利上昇の最大要因は政策だが、どちらも6カ月先は引き下げ圧力が高まっていくと予想される。その理由として以下が挙げられる。(a)コアコアCPIは明確に低下傾向にある、(b)現在の物価上昇はもっぱらホルムズ由来のエネルギー価格上昇であり、それは来年4月以降は消える(CPIは前年比なので)、(c)AI(人工知能)革命による雇用減少圧力が進行しており、政策の重点はインフレから雇用にシフトする。米国では製造業のみならず情報産業、高額所得層であったコンサルタント、弁護士等のプロフェッショナルサービスの雇用減少が顕著である。利上げ機運が強まっているが、米国、日本ともにあと一回の利上げがせいぜいであろう。 日本では得体のしれない中立金利議論や、実質金利がマイナス等の利上げ正当化論が一部の政策審議委員やメディアで語られているが、日本の実質金利はコアコアCPIによる計算では主要国で最も高い。市場で確信を持って語られるような四半期ごとの利上げが現実のものとなれば、2024年の植田ショックの再来があることを肝に銘ずるべきである。利上げが強行されれば、日米ともにイールドカーブがフラット化する。いずれにしても現在、長期金利はピーク圏にあると言える。 ドル円レートはかねてから説明しているように、更なるドル安が進行する要素はほとんどない。(Ⅰ)急速に縮小している日米金利差、(Ⅱ)購買力平価から極端に安値にある円、(Ⅲ)日本の潤沢な貯蓄余剰という明白なファンダメンタルズに加えて、日米当局の協調した意志が明白である。 ●むしろ警戒するべきは思わぬ円高であろう 日銀の利上げの最大のリスクは、円の急騰を招き、始まりつつある国内投資を再度冷却することである。それは絶対に避けるべきである。日銀の利上げが回避され、消費税減税と骨太の方針が動き出せば、日本経済の潜在成長率が高まり、サナエノミクス開始から始まった日本株式急騰が続く可能性が高い。 (A)来年4月からの食料品に対する消費税減税 (B)急上昇する資産価格による顕著な資産効果 日本国富(株式+土地):1989年末3140兆円→2011年末1640兆円→2025年末3100兆円(推)へ (C)円安と米中デカップリングによる日本国内投資の復活 (D)2040年度までに累計370兆円投資の「骨太の方針」が本格始動 (E)AI革命と日本半導体投資の大復活 などの好要因が山積している 積極財政は今後の日本の株価にとって決定的に重要である。財政出動が日本の潜在成長率を押し上げ、企業収益の持続的成長を保証するからである。潜在成長率引き上げの鍵は、財政・金融の両面から資本コストを大きく引き下げ、長らく失われていた投資主導の好循環を再構築することである。財務省と日銀の使命はその推進にあり、ゆめゆめそれを邪魔してはならない。 (2026年9月7日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン407号」を転載) 株探ニュース