米中対立激化で光が当たる脱M7の有望セクター<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>

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コラム

◆大波乱相場を生んだトランプ政権の支離滅裂ぶり

 4月に入ってのトランプ政権の動きを見てつくづく感じるのは「関税というものを全く理解していない」ということだ。第1次政権時にも国家経済会議(NEC)委員長だったゲーリー・コーン氏(現IBM副会長)が関税政策に反対し、辞任に追い込まれたことがあった。関税は結局、アメリカ国民が負担することになるとトランプ大統領を説得しようとしたものの受け入れられなかった。

 忠臣ばかりを集めているいまのトランプ政権には、コーン氏のような真っ当な意見を言えるような人物がいない。ところが中国がトランプ政権の高関税政策に一歩も引かず、不透明感の高まりを嫌気したマーケットがアメリカ国債を売り浴びせると、慌てて軌道修正をした。浅はかとしか言いようがない。

 トランプ政権の強引な関税政策の背景には、年後半に予定している選挙公約の最大の目玉、減税の財源をねん出しなければならないという事情がある。だが、それを関税に頼ろうとすること自体がナンセンスなのだ。膨大な財政赤字を抱えるアメリカ政府としては、財源を生み出す手段として、歳出削減は何としてでも実現しなければならない。ここまでは賛成だ。歳出削減を進めれば一時的に不況になるかもしれないが、不況になれば自然に金利は下がり、インフレも鈍化する。ところがここで関税をかけてしまうと反対に物価は上昇してしまうのだ。

 トランプ大統領としては、関税を引き上げればアメリカ国内での生産が拡大するという理屈のようだが、そんなことが今すぐできるわけではない。焦点になっている半導体製造にしても、最もノウハウが集積している台湾でさえ、新工場の建設には2年かかる。労働環境も異なり、ただでさえ不法移民の強制送還で労働力が不足しているアメリカならそれ以上、最低でも3年はかかるはずだ。その間待っているのは、不況とインフレが同時進行し、アメリカ国民が苦しむスタグフレーションの光景だ。

 発足当初は、ベッセント財務長官やバンス副大統領など、側近閣僚の能力に期待が集まっていたが、大きな読み違えだったようだ。特に目立つのはイーロン・マスク氏の動きだ。彼には政権離脱が噂されており、実際、そうなるだろうと思われるが、この1カ月で明らかになったのはマスク氏の行動が、自身が率いるテスラの業績の足を完全に引っ張っているということだ。考えてみれば当然のことだ。同社の主要顧客はアメリカでもヨーロッパでも環境意識の高い人々で、つまりトランプ政権の支持者とは対極のリベラルな層だからだ。政権参加への意欲が、経営感覚を鈍らせてしまったのか。

◆半導体はTSMCとインテルの今後の動向が最大の注目点

 トランプ政権によって大混乱に陥った世界の株式マーケットだが、そんな中、これから主要ハイテク企業の決算発表が本格化していく。トランプ関税はともかく、はっきり言えるのは、昨年までのハイテクセクター決算とは、構図が大きく変わってしまったということだ。昨年まではエヌビディアの決算こそがハイライトだったが、今年はそうではない。

 半導体の分野では、各社の先陣を切って4月17日に発表された台湾積体電路製造(TSMC)の25年12月期第1四半期決算に注目が集まった。決算内容自体は、トランプ関税の駆け込み需要もあって、市場予測を上回る好決算となり、25年12月期の売上高も前期の決算で発表された20%台半ばの増収見込みを維持し、ひとまずマーケットを安堵させた。

 トランプ関税の影響を聞かれた同社の魏哲家(シーシー・ウェイ)CEO(最高経営責任者)は、リスクは承知しているとしながらも「これまでのところ顧客に変化はない」と語った。だが、やはり今後の課題はトランプ政権との兼ね合いだ。同社はトランプ大統領の要請に応じる形でアメリカのアリゾナ工場への1000億ドル規模の追加投資を表明した。20年5月に発表されたアリゾナ工場の建設計画は、650億ドルを投じて3つの半導体工場を建てるというものだった。第1工場は24年10-12月期に量産開始、3nm(ナノメートル)プロセスを採用した第2工場もすでに完成しておりAI(人工知能)関連の半導体を量産する方針だ。

 そして、第3工場は当初の計画から2nm、またはそれ以降の先端プロセスを採用する予定だった。今回の発表ではこの第3工場に加えて、1000億ドルの追加投資分の第4工場でも、2nmノードの「N2」、1.6nmノードの「A16」と呼ばれる同社の最先端プロセス技術を採用し、今年後半に着工する予定だという。さらに第5工場、第6工場では、より高度な技術を採用する方針だが、工場建設と生産スケジュールは需要を見ながら決めることになる。

 また、アリゾナ州に2つの新しい先進パッケージング施設と、R&D(研究開発)センターを建設する予定だという。会社側ではAIサプライチェーンに参入するためとしているが、HBM(広帯域メモリー)とAI用GPU(画像処理半導体)のパッケージングを行うと思われる。これら追加投資が完了した後は、TSMCの2nm以下の先端半導体生産能力の約30%がアリゾナ州に集約されることになる。これまで最先端工場を台湾に集中させてきたTSMCにとっては事業戦略の大転換と言っていい。

 もっとも、アメリカでの生産では、台湾での生産に比べコストが増加するだろう。同社によると、顧客に対して値上げの協議に入っているとのことだが、アメリカの大口顧客と言えば、アップルとエヌビディアになる。結局はエヌビディア製AI半導体もアップル製品も、TSMCのアメリカ国内工場でつくられた半導体を装着すれば値上げは避けられない。もし、値上げ幅が大きい場合、果たして需要は大丈夫なのだろうか。今やTSMCは先端半導体とAI半導体の生産をほぼ一手に引き受ける存在であり、半導体サプライチェーンの中核企業と言っていい。今後の展開から目を離すことができない。

 こうしたTSMCの動きとともに注目されるのが、4月25日(日本時間)未明に発表されるインテルの25年12月期第1四半期決算だ。同社では24年3月に世界で初めて、ASMLホールディングから次世代型EUV(極端紫外線)露光装置の納入を受けている。同社の技術力ではいまのところ実際に使いこなせていない模様だが、世界最先端の半導体露光装置を世界で唯一、保有していることは事実なのだ。ただし、TSMCの決算説明会では、アリゾナへの追加投資計画について、「他社との合弁事業における技術ライセンス供与や技術移転・共有に関する協議は一切行っていない」と明言した。そうなると、インテル再建はインテル自身で行う必要があるのか。インテルの新CEO、リップブー・タン氏がどのような発言をするのか、注目される。

◆AI投資を競った昨年から一転、ビッグテック決算はコスト削減が焦点に

 生成AI関連では、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、メタ・プラットフォームズの設備投資の動向が焦点となる。昨年まではAI関連の投資への積極姿勢が株価を押し上げたが、今年は完全にマーケットの見方が逆転している。各社とも膨大な額に膨らんだAI関連投資を抑え、コスト削減に取り組む姿勢が好感されるという展開になるのではないか。

 マイクロソフトはヨーロッパやアジアで計画されていたデータセンター建設の中止が報じられている。実際に生成AI向け設備投資を削減する方向に向かっているのか、5月1日(日本時間)の決算電話会議で確認したい。他の3社は現段階では投資計画の見直しは発表していない。今後発表される決算で、各社がAI投資の計画をどのように捉えているのかに注視したい。

 こうしたマーケットの見方の変化は、言うまでもなく「ディープシーク」登場を機に始まった生成AI開発の潮流の変化がある。これまで主流だった生成AIモデルの半分以下のコストで同様の学習ができると証明された。アメリカではどの企業も実現できなかったことを中国企業がやってのけたわけだ。この事実は重く受け止めるべきだろうし、中国の習近平政権が、トランプ政権に強気でいられる理由の一つは、「ディープシーク」に象徴される技術力への自信があるのではないか。

 実際、「ディープシーク」以降も中国では様々なAIのイノベーションが生まれてきている。先日、トランプ政権による対中輸出規制の強化によって「ディープシーク」で使用されたエヌビディアの中国向けAI半導体「H20」の輸出が禁止されたが、すでにファーウェイ(華為)が「H20」と同等以上の品質を持つAI半導体の開発に成功したと伝えられている。阿里巴巴集団(アリババ・グループ)や騰訊控股(テンセント)、百度(バイドゥ)など、中国の大手ハイテク企業からは続々と、「ディープシーク」を凌ぐという触れ込みの生成AIモデルも発表されている。

 何と言っても、中国は14億人の人口を擁する大国で、内需はこれから拡大していく途上にある。仮にアメリカから貿易を遮断されたとしても、ソフトウェア技術者の数は非常に多く、AIなどハイテク分野の技術開発は今後も長期的に進んでいくと考えるのが妥当だ。トランプ政権からすれば、強硬策に出れば中国が歩み寄ってくると考えていたようだが、誤算だった。むしろ圧倒的な優位に立っていると考えていたハイテク分野で、半導体にせよ、スマホにせよ、アメリカの中国への依存度の高さが露呈されてしまった。「アメリカにとって中国は必要ない」のではなく、「中国にとってアメリカは必要ない」という状況が生れつつあるのかもしれない。

◆米国一極集中から、中国、欧州株への分散投資も要検討

 では混沌とした状況が続く米国株マーケットの中で、今後の投資戦略はどのように考えていけばいいのだろうか。まず言えるのは、エヌビディアやアドバンスト・マイクロ・デバイセズなどのAI半導体セクターからは一歩引いたほうがいいのではないかということだ。もし、巨額のAI投資を競ってきたハイテク大手4社が本格的に投資抑制に動き出すとなると、今期はまだ大きな影響は出ないだろうが、いよいよ来期、27年1月期のエヌビディアは業績の伸びが鈍化するか、最悪の場合、減収減益となる可能性もあるだろう。これはトランプ関税の影響ではない。「ディープシーク」以降、大きく変わった状況を受けての必然と言える。

 マグニフィセント・セブン(M7)では、AIの収益化が見えないマイクロソフト、マスク氏が暴走したテスラ、そして米中対立の最大の被害者、アップルも投資対象からいったん除外すべきだろう。残る3社には成長余地を感じるが、とは言え広告事業が主力のアルファベットとメタ、EC(電子商取引)が主力のアマゾンとも、今後の業績拡大はアメリカの景気次第なので、やはりトランプ政権下では不透明感がぬぐえない。

 ネガティブな話題が多くなってしまったが、潜在的な成長力を考えれば、今後もアメリカが世界をリードしていく構図は変わらないだろう。ただし、リーマン・ショック以降10数年続いたアメリカ一極集中の相場が今後も続くのかどうかは、再検討する時期を迎えているのではないだろうか。これまでアメリカの個人投資家たちは、S&P500種指数やナスダック100といったインデックスに長期投資をして成果を上げてきたし、今でも大多数の個人投資家が「これこそ正しい投資」だと信じている。だが、この"常識"は一度疑ってみても良いだろう。

 アメリカの主要インデックス投資が成功した背景には、M7に代表されるハイテク大手企業の急成長があった。だが一つ確かなことは、10数年前のハイテク大手といまのハイテク大手では、事業規模も時価総額もケタが違うということだ。これだけ大きくなってしまった企業が、今後も同様の成長を続けることができると考えるのは無理がある。

 翻って世界の株式マーケットを俯瞰して見ると、長年低迷していた中国株に復活の兆しが見え始め、軍備増強が不可避となり、規制緩和を急速に進める欧州株も今年に入って上昇基調が鮮明になっている。さすがに最近は中国株、欧州株ともトランプ関税の影響で下落しているが、当面の投資対象と見た場合、高値から急激に調整した米国株に比べて中国株も欧州株も上値にしこりがないことも大きい。つまり米国株一辺倒ではなく、視野を広げて見ることが必要なのではないかということだ。個別銘柄ならアリババやテンセント、バイドゥといった中国のハイテク大手などが挙げられるが、むしろ両地域の関連ETFを慎重に選別しながら投資するのが賢明と言えよう。

 アメリカ企業なら、成長余地が限られるM7ではなく、ネットフリックス、スポティファイ・テクノロジーなどのエンターテインメント企業や、NATO(北大西洋条約機構)との契約が伝えられたパランティア・テクノロジーズが要注目だ。フォーティネット、クラウドストライク・ホールディングスなどのネットワークセキュリティ関連も有望だろう。これらのセクターを中心に、AI導入の効果が事業拡大に直結し、今後も高い伸びが期待できる企業を探してみたい。

 いずれにせよ、AI開発の潮流が変化し、トランプ政権が世界をかく乱する中では、昨年まで通用した常識が通用しない。今後は、米国株ならハイテク大手から準大手、中堅クラスの企業へ、さらに米国株に投資していた資金の一部を中国株や欧州株へと、投資対象のすそ野を拡大していくことが求められるのではないか。もちろんそのためには、投資対象が限られていた昨年とは違い、より慎重な銘柄選別が必要になるはずだ。

 十分なキャッシュポジションを持っておくことも重要だろう。いま、アメリカの機関投資家や個人投資家は、MMF(マネー・マーケット・ファンド)に7兆ドルの資金を待機させているという。混乱相場から距離を取り、次の投資チャンスを慎重に探っているわけだ。したがって日本の個人投資家がとるべきなのは、昨年までの成功法則にとらわれず、MMFや長期の米国債などの安全資産をポートフォリオに組み入れながら、焦らず慎重に投資対象を吟味していくというスタンスなのではないだろうか。


【著者】
今中能夫(いまなか・やすお)
楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。

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