アンソロピック台頭、AI相場第2章の主役交代劇を読み解く<村松一之・米国株投資の羅針盤>
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◆「半導体にあらずんば、株にあらず」で最高値更新の米国株市場 イラン戦争という地政学リスクが続く中でも、米国の半導体株が驚くほど強い。フィラデルフィア半導体株指数、いわゆるSOX指数は史上最高値を更新し、一時は18営業日連続上昇という異例の記録をつけた。3月30日の安値から5月8日までに約65%も上昇している。同期間のS&P500種指数は16.6%、ダウ工業株30種平均は9.7%の上昇であり、半導体関連の強さが突出していることが分かる。こうした株価上昇は、イラン戦争の終結に向けた期待感だけでは説明できない。何が起こっているのだろうか? 結論を先取りすれば、「AI(人工知能)の社会実装に伴う物色の拡大」、「アンソロピックを中心とするAIエコシステムへの信頼感」、「地政学リスク上の分散による投資対象の広がり」が同時に起こっている。そして、この目まぐるしい変化に、アナリストは追いつけないため、株式市場では、「ストーリー重視のテーマ型投資」の様相が強烈に強まっている状況だ。「半導体にあらずんば、株にあらず」。冗談交じりに、市場ではそんな声さえ聞かれているのだ。 2023年から24年にかけてのAI相場は、実質的には「エヌビディア主導のGPU(画像処理半導体)相場」であった。オープンAIの「チャットGPT」が登場し、大規模言語モデルの学習競争が始まり、そのために必要なGPUをエヌビディアが独占的に供給した。市場は「AI=GPU=エヌビディア」という単純かつ強力な構図でAIブームを捉えていた。 しかし25年以降、AI市場の構造は変わり始めた。AIはモデルを訓練する「学習」の段階を脱し、企業や社会が実際に使う「推論」の段階へ移行し始めた。AIがソフトウエア開発、事務処理、顧客対応、社内システム、データ分析などに組み込まれ、社会実装され始めたのだ。そのインパクトは大きく、今年の2月にまずは「SaaSの死」として、ソフトウエア業界がAIに代替されるという恐怖から株式市場はパニックとなった。AI半導体相場の第2章のスタートは"混乱"から始まったのだ。 ◆「エヌビディアだけを買う相場」から「AIインフラ全体を買う相場」へ 「SaaSの死」問題は、消滅したわけではないが、市場は「価値のあるサービスを提供する企業は生き残る」という解釈に落ち着き、ソフトウエア関連への売りはひとまず収まった。AI社会実装の"闇"の部分への注目が落ち着くと、市場の関心は"光"の部分にシフトした。AIによる需要拡大はGPUだけにとどまらないという事実に焦点が当たり始めたのだ。すなわち、AIを常時稼働させ、企業が日常業務に組み込み、推論サービスとして提供するには、CPU(中央演算処理装置)、ASIC(カスタム半導体)、HBM(広帯域メモリー)、ネットワーク、光通信、電力設備、冷却、変圧器などが必要になるという視点だ。 初期にはマイクロン・テクノロジー 、SKハイニックス(韓国上場)といったHBMやDRAMなどメモリー関連企業が物色され、次にブロードコム のようなASIC関連が注目された。そして足もとでは、インテル やアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD) などCPU関連が物凄い勢いで買われている。GPUを束ねて制御し、一般演算やデータ処理を担うCPUも、AIデータセンターには不可欠だからである。つまり半導体相場は、「エヌビディアだけを買う相場」から「AIインフラ全体を買う相場」へ変化したのだ。 もう一つ重要なのは、AIサービス側でもオープンAIが主導する構図に変化が起こっていることだ。主役交代とまでは言えないかもしれないが、昨年までのオープンAI中心の相場に加え、アンソロピックが急速に注目されるようになっている。オープンAIが生成AIブームの第1章を切り開いた企業だとすれば、アンソロピックは、AIが企業実務に入り込む第2章を象徴する企業である。 同社のビジネスモデルは、生成AI「Claude(クロード)」のサブスクリプションから、企業や開発者向けのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)など、企業向けAI実装サービスに広がっている。特にプログラミングの自動化ツール「Claude Code(クロード・コード)」は、コード作成、バグ修正、テスト、ドキュメント作成、社内ツール開発など、企業が生産性向上を実感しやすい領域に入り込んでいる。これは、AIが単なるチャットツールではなく、企業が実際にお金を払って使う業務インフラになり始めたことを示す。 オープンAIは圧倒的なブランド力とユーザー基盤を持つ一方、無料ユーザーの利用も多く、限られた計算資源が必ずしも高収益の用途に使われるとは限らない。今年、動画生成AIの「SORA」を終了したのも、計算資源の無駄を改善するためだろう。また、昨年はオープンAI、オラクル 、ソフトバンクグループ <9984> などの連携についても、「循環取引ではないか」という見方も強まった。将来の架空の売上げ見通しに基づく大型契約は危ういのではないか、という懸念である。市場には「本当に投資回収できるのか」「将来の需要を先取りしすぎていないか」という疑念が残りやすかった。オープンAIを中心とするAIエコシステムは、大きなレバレッジにも基づくもので、市場参加者はどこか危うさを感じずにはいられなかったのである。 これに対し、アンソロピックを中心とするAIエコシステムには、より実需に根差した安心感がある。「クロード・コード」は企業向けに導入され、開発現場で実際に使われている。そのため、利用増加が直接、売上げに結びつく構図も比較的分かりやすい。同社のダリオ・アモデイCEO(最高経営責任者)は、26年第1四半期(1-3月期)のペースで売上げと利用者数の伸びが続くと、年率換算ベースで成長率が80倍に達するとの見通しを明らかにした。これはAI需要が実際の売上げに転化していることを市場に印象づけた点で大きな意味があった。アンソロピックの台頭がなければ、AI半導体相場第2章の扉は開いていないと思うのだ。 ◆強すぎるAI需要を示すスペースXとの計算資源契約 さらにアンソロピックがスペースXとの計算資源契約を結んだことも重要な事実だ。スペースXのIPO(新規株式公開)は史上最大の注目案件であり、同社が巨額の資金調達に成功することが確実視されている。この契約は、アンソロピックがAIの強すぎる需要に対応するため、スペースXが提供するデータセンターの膨大な計算資源を必要としていることを示している。つまり、以前は「AI需要は本当に存在するのか」が論点だったが今は、「AI需要が強すぎて、GPU、データセンター、電力、光通信、冷却、送電網が足りるのか」が論点になっている。これがAI半導体相場第2章の光の部分の根幹である。 こうした流れを受け、AI半導体業界では大型提携や新しい動きが次々に起こっている。例えば、エヌビディアによるオーストラリアのデータセンター企業、IREN との提携だ。IRENはもともとビットコイン・マイニング企業として知られていたが、豊富な電力アクセスやデータセンター運営ノウハウを生かし、足もとではAI向けクラウド・インフラ企業へと事業の軸足を移しつつある。エヌビディアがIRENと組む意味は、単にGPUを販売することではない。AI需要が急増する中で、GPUを実際に稼働させるためのデータセンター、電力、冷却、クラウド提供能力まで押さえにいく動きである。 エヌビディアとコーニング の提携も同じ文脈で理解できる。コーニングは、ガラス素材や光ファイバーで世界的に知られる米国企業であり、通信ネットワーク向け光ファイバーでも重要な地位を持つ。AIデータセンターでは、GPU同士、サーバー同士、データセンター同士を高速・低遅延で接続する必要があるため、光通信インフラが極めて重要になる。両社の提携は、AIインフラのボトルネックがGPUだけでなく、ネットワークや光接続にも広がっていることを示している。エヌビディアのような企業が、自らAI拡大のボトルネックの対応に動いているのである。 また、供給網分散や経済安全保障の観点から、各企業が台湾積体電路製造(TSMC) への生産集中や、エヌビディアのGPUへの依存を修正しようとしている点も見逃せない。アップル が自社製品向け半導体生産の一部を、TSMCからインテルやサムスン電子へ移す可能性が取り沙汰されていることは象徴的な動きだろう。AI時代には、最先端半導体の製造能力そのものが競争力であり、同時に地政学リスク管理の対象にもなるということだ。 ◆一時的には調整の可能性も、AI相場第2章は始まったばかり このような大型の提携やサプライチェーンの修正が同時的かつ、矢継ぎ早に起こる中では、アナリストは全くその変化に追いつくことができない。むしろ、アナリストの業績予想そのものがすぐに古くなってしまう。その結果、投資家は精緻な業績予想よりも、まずストーリーを重視している。 市場は「数字が出てから買う」のではなく、「数字が出る前に産業構造の変化を買う」局面を迎えているのだ。株価上昇を見た市場参加者がさらにAIインフラ関連銘柄を探し、次の関連銘柄へ資金が広がっていく。つまり、買いが買いを呼ぶ構図である。確かに足もとの株価高騰は危うさを内包しているものの、強烈なテーマ型投資の局面では、こうした展開は珍しくない。 もちろん、リスクが消えたわけではない。イラン戦争が長期化すれば、ホルムズ海峡リスクを通じて原油高、インフレ再燃、長期金利上昇につながる可能性がある。さらに、ナフサ、特殊化学品、ヘリウム、半導体材料、物流コストなどへ波及すれば、AI半導体の供給網にも影響が出る。半導体は複雑な工程で製造されており、どこかの工程が止まれば、全体がストップするからだ。 加えて、金利上昇は最大の金融リスクである。米10年金利は足もとで4.4%前後、30年金利も一時5%近辺まで上昇している。ここから10年金利が4.5%を明確に上回り、30年金利が5.25%を超えるようなら、株式市場のムードは急速に変わるだろう。AI関連株は将来の成長期待を大きく織り込むため、割引率の上昇には弱い。地政学リスクが原油高と金利上昇を通じて波及すれば、いかにAIの物語が強くても、バリュエーション調整は避けられない。 それでも現時点では、市場はAIが本当に企業活動を変え始めたという現実を重視している。オープンAIがAIの夢を見せ、アンソロピックがAIの収益化と実需を示し、エヌビディアや半導体企業群がその実需を支えるインフラを供給している。この構図こそが、イラン戦争下でも米国半導体株が強い理由であろう。 もちろん、今のペースの株価上昇がいつまでも続くわけではない。今後は、調整も挟むことになるだろう。やがては、バブル化に行き着くのかもしれない。しかし長期的に見れば、AI半導体相場はまだ第2章が始まったばかり。投資家としては良くも悪くもこのテーマと並走していくしかないだろう。 【著者】 村松一之(むらまつ・かずゆき) 和キャピタル取締役運用本部部長/フォーライクス代表 1973年生まれ、慶應義塾大学卒業後、1996年静岡銀行入行。支店勤務を経て、資金証券部に配属。その後、米ニューヨーク支店勤務など主に市場関連業務に従事。2017年8月、和キャピタルに入社、21年3月より現職。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」でレギュラーコメンテーターを務めるほか、各メディアで市場分析のプロとしてのオピニオンを展開中。 株探ニュース