「イラン停戦」も協議は不調、今後はもう一つの「TACO」にも警戒<村松一之・米国株投資の羅針盤>
投稿:
◆今後の戦略を練るために、イラン開戦後の米金融市場動向を振り返る ようやく米国とイランが2週間の停戦に合意し、戦争終結に向けた条件交渉が始まった。だが、パキスタンで開催された対面協議は決裂、現時点では双方の要求の隔たりは大きく、今後も交渉が円滑に進む保証はない。停戦合意が破棄され、トランプ大統領がイランの電力プラントやインフラ施設への攻撃を命じるシナリオも、なお排除できない。しかし、今後の市場展開を考えるうえでは、まずイラン戦争開戦以降の米国金融市場の動きを一度整理しておく必要がある。 ①イラン戦争開始~3月第2週(ホルムズ海峡封鎖、原油高の進行) 米国とイスラエルによる先制攻撃で、戦争初日の段階から、イランの最高指導者ハメネイ師を含む革命防衛隊の指導層が一斉に空爆で排除されたことは衝撃的だった。さらに米軍の精密攻撃によってイランの軍事施設が次々と破壊されたため、当初は戦争が短期間で収束するのではないかとの期待もあった。 だが、イラン革命防衛隊はホルムズ海峡を事実上封鎖し、さらに大量の安価なミサイルやドローンで周辺湾岸諸国のエネルギー施設を攻撃するなど、世界の物流網やサプライチェーンを揺さぶる非対称戦を展開した。この結果、まず原油や天然ガス価格が急騰し、それを嫌気して、中東へのエネルギー依存度が高い日本を含むアジア諸国の株式市場が大きく売られる展開となった。WTI原油先物はこの間、1バレル67ドル近辺から97ドル近辺まで約45%上昇した。日経平均株価が8.5%下落した一方、S&P500種指数は3.5%の下落にとどまった。 ② 3月第3週~3月30日(インフレ懸念の高まりと世界的な金利上昇) 戦争のエスカレーションと長期化懸念が強まるにつれ、市場ではインフレ再燃リスクが一段と意識されるようになった。たとえ戦争が終結しても、エネルギー価格や供給制約はすぐには正常化しないのではないか、との懸念が広がり、金融政策に対する市場の織り込みも大きく変化した。 特に欧州や英国では、戦争前には「年内1回程度の利下げ」が見込まれていたにもかかわらず、一転して「2~3回の利上げ」予想へとシフトした。米国でも、戦争前の2~3回の利下げ期待は消え、一時は5割程度の確率で利上げが織り込まれる場面もあった。 こうしたインフレ再燃懸念を背景に、世界的に短期金利が急上昇し、それに連動して長期金利も大きく上昇した。米国の10年金利は、イラン戦争直前の3.93%から、3月27日には4.43%へと約50bp(ベーシスポイント)上昇した。原油高、金利上昇、株安が同時進行したことで市場の恐怖は一気に高まり、恐怖指数と呼ばれるVIX指数は3月27日に31まで上昇。S&P500は3月30日にイラン戦争後の安値6343.72まで急落した。これは開戦後7.8%の下落である。イラン戦争開始後、最も市場の緊張感が高まったのがこの時期である。 ◆米国株下支えの陰の功労者はパウエルFRB議長 ③ 3月30日~4月7日("救世主"パウエル議長、原油高のなかで株式市場は底打ち) 3月30日、パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長がハーバード大学の特別講義に登壇した。市場は、イラン戦争とインフレ再燃リスクが高まるなかで、パウエル議長がどのようなメッセージを発するかに注目していた。 そのなかでパウエル議長は、「原油高=すぐ利上げではない」との考えを示し、「今の政策金利は待てる水準にある」と発言した。加えて「長期の期待インフレはまだ安定している」との認識も示したのである。この冷静な発言は、市場が最も恐怖に陥っていたタイミングで発せられたこともあり、投資家心理を大きく落ち着かせた。 結果として、米国の長期金利は大きく低下し、米国株式市場は3月30日を底に、S&P500は4月7日まで5営業日連続で上昇した。その間、WTI原油先物価格は約10%上昇している。つまり、パウエル議長の発言以降は、原油高が続いているにもかかわらず、米金利は低下し、米国株は上昇したのである。5月に任期満了を迎えるパウエルFRB議長は、この局面で、派手さはないものの「救世主」的な役割を果たしたと言ってよいだろう。 ④ 4月8日~現在(期待と疑心暗鬼が交錯する局面) 4月8日、米国とイランは2週間の停戦に合意した。市場の初動は、イラン戦争後に生じた各市場の変動を巻き戻す動きとなり、株式市場が急上昇する一方、原油価格は急落し、金利も大きく低下した。株式市場では、航空関連株やクルーズなどのレジャー関連、さらに戦争下で売り込まれていた半導体関連株が大きく上昇した。 ただし、市場は終戦に向けた交渉進展を期待する一方で、それが容易ではないことも十分に理解している。そのため、米国債市場や原油市場はなお疑心暗鬼の姿勢を崩していない。それでも米国株式市場は、慎重ながら底堅さを増している。背景には、パウエル議長の発言によって、少なくとも米国では利上げ転換のハードルが高いとの安心感があること、そして足元でも米国企業の業績が好調を維持していることがある。 S&P500構成企業の2026年第1四半期(1-3月期)のEPS(1株当たり純利益)成長率予想は、開戦前には12.7%の増益が見込まれていたが、足元では14.4%へと引き上げられている。エネルギーセクターの上方修正は当然としても、情報技術セクターが大きく上方修正されている点は見逃せない。AI(人工知能)、半導体、防衛、エネルギーといった分野では投資拡大期待が根強く、利益成長の持続性が損なわれていないのである。 株価はEPSとPER(株価収益率)で説明される。EPSが極めて好調な一方で、イラン戦争後には多くの企業の株価が下落したため、PERは大きく切り下がり、株式市場は相対的に割安になった。しかも、FRBが金融相場を支えるのであれば、このPERの割安さは「バーゲンセール」となり得る可能性が高い。したがって、停戦交渉が破綻し、再び戦争のエスカレーションリスクが高まれば株式市場の下落は避けられないとしても、前回安値を明確に下回る可能性は低いとみている。 ◆米国株市場の今後を左右する3つのリスク もっとも、見逃せないリスク要因も浮上している。ここでは3つ指摘しておきたい。 第1のリスクは、政治環境の変化である。今回のイラン戦争の混乱でトランプ大統領の支持率は低下しており、中間選挙で民主党が上下両院を制する可能性が高まっている。下院を民主党が奪還するのは既定路線とみられるが、上院まで民主党が制するとなればサプライズであり、市場にはまだ十分織り込まれていない。 これが現実化すれば、企業を取り巻く政治環境は大きく変わり得る。これまで市場が好感してきた規制緩和の流れが弱まり、逆に大企業への政治的プレッシャーが強まる可能性があるからだ。歴史的に見ても、大統領が共和党で上下両院を民主党が握る局面では、株式市場のパフォーマンスは冴えないことで知られている。 米国議会では、法案の多くがまず委員会に付託され、そこで審査・修正される。民主党が委員長ポストを握る場合、ビッグテックの市場支配力、AIの安全性や労働代替、データセンター建設に伴う電力・環境負荷、消費者保護といった論点が優先的に取り上げられる可能性が高い。特にデータセンター建設では、委員会主導で電力料金の負担構造や環境への影響、地域住民への負荷といった論点が政治化されれば、許認可や系統接続のプロセスが複雑化し、案件の着工や稼働までのリードタイムが長期化するリスクがある。市場はこうした「企業の自由度低下」と「将来期待の圧縮」を織り込み、株価の上値を抑える可能性がある。 第2のリスクは、トランプ大統領が別の対外対立に向かうことである。支持率低下に焦ったトランプ大統領が、今回のイラン戦争で対立を深めたNATO(北大西洋条約機構)や欧州諸国との政治的・経済的緊張をさらに強めたり、キューバなど別の対外問題に矛先を向けたりする展開は十分考えられる。とりわけ欧州との対立は、通商、安全保障、通貨市場、債券市場に波及しやすく、単なる外交問題にとどまらない。 トランプ政権の「相互関税」は、2026年2月20日の米最高裁判決で、その法的根拠とされたIEEPA(国際緊急経済権限法)では維持できないと判断された。これを受け、政権は通商法122条に基づく一時的な10%の輸入課徴金に切り替えた。122条の措置は上限15%、最長150日であり、2月24日発効ベースでは7月24日ごろに期限を迎える。 さらにその後の恒久的、個別的な関税手段としてトランプ政権は、報復措置として一方的な追加関税を発動する権限を定めた通商法301条の適用を検討しており、3月11日にはEU(欧州連合)を含む16経済圏を対象に、製造業の"構造的過剰生産"に関する調査を開始した。対象分野としては、自動車、化学、医薬品、素材、機械などが真っ先に追加関税の対象となりそうだ。さらに適用範囲は製品の輸入だけでなく、EUのデジタル規制や、デジタルサービス税にまで広範囲に及ぶ可能性もある。その場合には、欧米対立は深刻なものになりそうだ。 中国との関係も注目される。今回のイラン戦争では、世界のリーダーとしての米国の評価が低下する一方、中国が漁夫の利的に評価を高める構図もみられた。こうしたなか、トランプ大統領は5月に訪中し、習近平国家主席と会談する見通しだ。 市場では「TACO」という言葉が知られている。「Trump Always Chickens Out」、すなわち「トランプは、最初は強く出るが、すぐに怯んで方針転換する」という意味である。だが、イラン戦争後に私が警戒しているのは、むしろ「Trump Always Confronts Others」のTACOだ。つまり、「トランプは、常に誰かと対立し続ける」というリスクである。 ◆重要なのは、企業のファンダメンタルズをリアルに見つめること 第3のリスクは、世界的な景気減速による米国企業業績の下方修正ショックである。イラン戦争が再びエスカレートした場合、米国への直接的な影響は限定的でも、アジア諸国を中心に大きな打撃となる可能性がある。問題は価格上昇だけではない。供給制約によって企業活動そのものが停滞し、ミニ・スタグフレーション的な環境に陥れば、経済基盤の脆弱な国ほど景気後退リスクが高まる。そして世界経済の低迷は、最終的には米国企業の業績悪化を通じて米国株にも跳ね返ってくるだろう。 総じて言えば、米国株式市場は、イラン戦争への過度な懸念を和らげ、冷静に企業業績や米国金融市場の強靭さを再評価していると思われる。ここまでの展開で、米金利の動向が非常に重要であることは明白だ。引き続き金利動向は注視したい。 また、来週以降に始まる米国企業決算の動向も重要だ。戦争の結末や交渉の行方は、投資家には予想できない。投資家にとって重要なことは、過度に悲観的にも過度に楽観的にもならず、冷静に企業のファンダメンタルズをリアルに見つめることだけだろう。 【著者】 村松一之(むらまつ・かずゆき) 和キャピタル取締役運用本部部長/フォーライクス代表 1973年生まれ、慶應義塾大学卒業後、1996年静岡銀行入行。支店勤務を経て、資金証券部に配属。その後、米ニューヨーク支店勤務など主に市場関連業務に従事。2017年8月、和キャピタルに入社、21年3月より現職。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」でレギュラーコメンテーターを務めるほか、各メディアで市場分析のプロとしてのオピニオンを展開中。 株探ニュース