AI脅威論の嵐を超え再評価へ、覚醒前夜の好実態「SaaS」関連株 <株探トップ特集>

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コラム

―中東ショックの最中にリバウンドの兆候、デジタル社会の基幹インフラ株として注目―

 東京株式市場は値動きの荒い展開となっている。中東情勢の激化が長期化するとの観測からエネルギー価格が急騰し、金融市場に断続的な負荷を与えるようになった。地政学リスクの台頭は投資家のマインドをリスク回避に向かわせ、本来は将来の成長期待に依存する株式、とりわけSaaS(Software as a Service)銘柄に厳しい逆風となるはずだ。しかし、この数カ月間売られ続けてきたSaaS銘柄の株価は足もとで下げ止まりの兆候とリバウンドの構えを見せている。この現象を読み解くカギは、一時期市場を席巻した「アンソロピック・ショック」に対する冷静な再評価と、過去のITバブルやEV(電気自動車)ブームの崩壊で見られた「期待の性質」の転換にある。

●アンソロピック・ショックの正体

 マネーフォワード <3994> [東証P]やSansan <4443> [東証P]といった関連主要銘柄が2月下旬から3月上旬にかけて、商いを膨らませながら底堅さを発揮したことは、投資家にとって看過できない変化と言える。

 2026年に入って早々、米AI企業アンソロピックが発表した自律型AIエージェントの技術は、世界のSaaS業界に大きな衝撃を与えた。AIが人間と同じようにコンピューターの画面を認識し、マウス操作やキーボード入力を代行して複雑な業務を完結させるというデモンストレーションは、人間が操作するためのインターフェースを提供してきた既存SaaSの存在意義を根底から揺さぶるものに見えたからである。

 これがアンソロピック・ショックと呼ばれるSaaS銘柄売りの原動力となった。しかし冷静に現在の技術進捗と企業の導入実態を照らし合わせると、この懸念は飛躍し過ぎと言える。そもそも市場は「AIがUI(ユーザーインターフェース)を操作できる=SaaSという仕組みそのものが不要になる」という短絡的な結論を急ぎすぎた可能性がある。UIが変わることはあっても、その背後でデータを安全に保持し、法制度に則って処理を完結させるシステムとしての信頼性は、今のAI単体では代替できない。投資家はAIという新しい操作手段の登場を、ビジネス価値そのものの消滅と混同してしまったと考えられる。

 直近のSaaS銘柄の停滞は、00年前後のITバブルと比較して語られることも多い。しかし今回の状況が当時と決定的に異なるのは、投資家がSaaSというビジネスモデルそのものを過大評価したのではなく、むしろAIという破壊的技術を過大評価(あるいは過剰に恐怖)してしまった点にある。

●「AIに期待し過ぎた」ことの弊害

 00年のITバブル時、投資家はインターネットがあれば、既存のあらゆるビジネスが瞬時にオンライン化されると期待した。当時の失敗は、インターネットという技術が社会に浸透するための時間軸とインフラ整備のコストを無視したことにあった。現在の市場はAIが明日にも既存のソフトウェアをすべて駆逐するという、非現実的なまでのスピード感をAIに期待したのだろう。

 AIが真に社会を変えるにはデータの整備という泥臭い工程が不可欠である。そのデータの蓄積場所こそがSaaSであるにもかかわらず、市場は「燃料(データ)」を蓄えるSaaSを売り、「エンジン(AI)」の可能性だけを囃し立てた。このアンバランスな期待の剥落が、現実的な収益基盤を持つSaaS銘柄への資金回帰を促している一因と考えられる。

 EVの普及に充電インフラや電力供給網の整備が必要だったように、頻繁にハルシネーション(もっともらしい嘘)を示す今のAIが社会に深く浸透するには、正確でクリーンな業務データという、ある種のインフラが必要である。EVブームが一旦落ち着き、現実的な解としてハイブリッド車が再評価されたように、ソフトウェアの世界でも純粋なAIだけではなく、既存の業務フローにAIを賢く組み込んだ「AI強化型SaaS」が、実務上の正解として浮上してくるだろう。市場側が「AIによってSaaSが死ぬ」という極論から、「SaaSなしにはAIは動かない」という現実論へと回帰し始めたことが、最近の株価の下げ止まりにつながった面もあるはずだ。

●地政学リスクは逆説的にSaaSを支える

 現在、世界を覆っている地政学リスクは、通常であれば成長株にはマイナスに作用する。中東情勢悪化による原油高やサプライチェーンの目詰まりはインフレを招き、中央銀行による高金利政策を正当化する。金利上昇は将来の利益を割り引くためPER(株価収益率)の高いSaaS銘柄には不利に働く。しかしながら日本において、地政学リスクは「国内回帰」と「人手不足」という2つの強力な需要を生み出すと考えられている。地政学リスクの高まりは、サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにし、経済安全保障の観点からも生産拠点を日本国内に戻す、あるいは維持する動きを加速させる。円安や海外の人件費上昇の影響もあって、かつての「海外生産=低コスト」というメリットが薄れ、国内生産の相対的な競争力が回復することが見込まれている。

 国内回帰を実現させる労働力の確保は人口動態の要因から、より困難になっている。企業にとってSaaSの導入は、労働力不足に対する防衛策となる。そもそも複雑な商習慣や頻繁な法改正(電子帳簿保存法やインボイス制度など)への対応が求められる日本のバックオフィスSaaSは、単なるツールという枠組みを超え、業務インフラとしての重要な役割を担っている。多少の景気減速や金利上昇があっても、SaaSへの支出を削るという選択肢は取りにくい。この「需要の粘着性」を、市場は地政学リスク下でのディフェンシブな特性として再評価し始めている可能性もある。

 アンソロピック・ショックという言葉に踊らされ、将来の技術に怯えて現在の優良資産を投げ売るといった光景は、投資の歴史において幾度も繰り返されてきた。だが、常に勝者となってきたのは、技術の見かけのインパクトではなく、その技術が「どこで、どのように、誰のデータを燃料として動くのか」を冷徹に見極めた投資家たちである。

 今後、SaaS銘柄がかつての高値を取り戻すためには、単なる「売られ過ぎの修正」以上の材料が必要となる。すなわち、好決算の提示だ。企業の生産性向上の担い手となったSaaS企業の業績が市場の見立てを上回れれば、再評価の流れが加速することになるに違いない。

 ITバブル後、生き残ったネット企業が生活に不可欠なプラットフォーム企業へと進化したように、現在のSaaS各社も単なる効率化ツールを提供する企業から、AIが業務を判断するためのインテリジェンス企業へと進化しつつある。この進化が市場に認知されたとき、SaaS銘柄は成長株というカテゴリーを脱し、かつての電気・ガスや鉄道のような「デジタル社会の基幹インフラ株」としての地位を確立することとなる。

●注目すべきSaaS銘柄

 このような投資環境の中で、まずはグループウェアのソフト開発が主力のサイボウズ <4776> [東証P]に注目する。同社の株価は昨年来高値から年初来安値まで一時5割以上の下落に見舞われた。25年12月期の連結経常利益は前の期比93.5%増の103億2500万円に拡大。26年12月期は前期比3.9%増の107億3200万円に伸びる見込みで、4期連続で過去最高益を更新する見通しだ。株価半減を経てPBR(株価純資産倍率)は5.4倍近辺と高いが、ROE(自己資本利益率)が今期予想ベースで40%以上もあれば当然であろう。PERの逆数である益利回りは約7.8%まで上昇しており、注目に値する。

 中小企業向けクラウドで開発・販売・支援を行うラクス <3923> [東証P]の株価も昨年来高値から年初来安値まで一時5割近くの下落となった。業績は好調で、26年3月期第3四半期累計(4~12月)の連結経常利益は前年同期比65.8%増の125億3200万円に拡大。通期計画に対する進捗率は78.3%と順調で、ROEは40%以上と高水準だ。

 クラウドERP(統合基幹業務システム)サービスを提供するフリー <4478> [東証G]の株価は昨年来高値から年初来安値まで一時6割近く下落。26年6月期第2四半期累計(7~12月)の連結経常利益が前年同期比58.2%減の3億3200万円と大きく落ち込んだことも響いたのだろう。1年半前からようやく利益を生む体質になったばかりの同社が、本格的な飛躍を見せるのはこれからだ。ここまで売り込まれてもPBRは足もとで6.0倍と、投資家の期待が高いことを物語っている。

 サイバー攻撃に備えるセキュリティーシステムを構築するデジタル・インフォメーション・テクノロジー <3916> [東証P]も株価は年初来高値から一時3分の2にまで下落した。26年6月期第2四半期累計(7~12月)の連結経常利益は前年同期比0.8%減の15億9200万円。微減益となったが、通期計画に対する進捗率は52.2%とまずまず。ROEが25%台と高水準。益利回り7.8%、予想配当利回り3.9%は売り込み過ぎであろう。

 ネットワークセキュリティー対策製品を提供するとともに、クラウド医用画像管理システム(PACS)市場でトップシェアを誇るテクマトリックス <3762> [東証P]の26年3月期は2ケタの増収増益で、連続最高益更新を計画。第3四半期累計(4~12月)の受注高は前年同期比6.9%増の649億300万円と堅調に推移する。株価は昨年来安値を更新している。成長株ながらPERは13倍台で、益回りは7.3%だ。


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