エヌビディアVSグーグル、2大陣営激突でAI投資はどう変わる<大山季之の米国株マーケット・ビュー>
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◆「ジェミニ3」の誕生劇はAI開発のゲームチェンジか? 「これまで3年間毎日『チャットGPT』を使ってきた。ところが『Gemini(ジェミニ)3』を2時間使ってみて、『チャットGPT』にはもう戻れない」 セールスフォースのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)がSNSに投稿した発言だ。言うまでもなくセールスフォースは、世界を代表するハイテク企業で、今回のAI(人工知能)ムーブメントでも主役ではないが、メインプレイヤーの1社。「チャットGPT」を開発したオープンAIにも近い関係にあると言われている。そんな企業のトップがこんな意見を公言するのだから、マーケットに衝撃が走ったのも当然だろう。この発言が報じられた直後の11月24日、アルファベット の株価は6%超の上昇を見せた。 文句なしの好決算を発表しながらも株価が冴えないエヌビディア と対照的に、足もとで株式マーケットの評価が急上昇しているアルファベット。11月18日に発表された同社の最新生成AI「ジェミニ3」は、ベニオフ氏の言葉通り、各方面ですこぶる評価が高い。「垂直統合で開発された初めての生成AIモデル」。米メディアではこう報じられているが、特に株式市場が注目しているのは、性能面がオープンAIの「チャットGPT」やアンソロピックの「クロード」など、先行するモデルに劣らないことに加えて、アルファベットが独自開発したAI半導体「TPU(テンソル・プロセッシング・ユニット)」によってトレーニングされたモデルだからだ。 これまで生成AIの開発には、GPU(画像処理半導体)が不可欠だと言われてきた。そしてGPUでは圧倒的な支配力を持つエヌビディアが、AI半導体市場のシェアの約9割を占める状態が続き、熾烈なAI開発競争を繰り広げる米ハイテク大手企業は、エヌビディア製の最先端半導体を競うように購入していた。だが、エヌビディアのAI半導体は、寡占状態であるがゆえに販売単価が高く、AIを開発する企業から見れば、膨らむ一方のコストを削減することが課題となっていた。 そこに、エヌビディアのAI半導体に頼らずに開発された「ジェミニ3」が誕生したわけだ。アルファベットが内製化して開発した「TPU」は、処理スピードやエネルギー効率がエヌビディアのAI半導体並みでありながら、かなり単価を抑えることができているという。すでにメタ・プラットフォームズが「TPU」購入の大口の注文を検討中と報じられているが、「TPU」の誕生によって、ここ数年続いてきた、AI半導体におけるエヌビディアの独走に待ったがかかる可能性が出てきたのだ。 ◆エヌビディア陣営の対抗馬としてグーグル陣営が登場 「完全に目覚めたグーグル」。あるメディアが報じた見出しだ。そもそも、米ハイテク大手の中で、2010年代にAI開発で先行していたのはアルファベットだった。AI半導体の開発着手も早く、2015年には「TPU」の第一世代機が開発されていた。だがその後は、ゲーミング用途だったGPUをAI用途に改良し、数年ごとに最新機種を発表するなど進化を続けるエヌビディアのAI半導体に差を付けられ、長らくマーケットから"二流"と評されていた。ところが「ジェミニ3」の登場で評価は一変した。 これを受け、マーケット関係者の間では早くもこんな構図が語られるようになっている。エヌビディアを主軸に、オープンAI、オラクル 、ソフトバンクグループ <9984> などの「スターゲート」構想の中心メンバー勢を一つの陣営とし、アルファベットを中心に、「TPU」の設計を担ったと伝えられるブロードコム 、さらに早くも大口顧客として名乗りを上げたメタなどを一つの陣営としたAI開発競争が始まったのではないかという構図だ。エヌビディアの陣営には、SKハイニックス(韓国上場)、サムスン電子(同)、マイクロン・テクノロジー など、従来のAI半導体では重要な役割を担うとされていたHBM(広帯域メモリー)勢も加えられるそうだ。 そもそも、11月に入ってAI関連企業の株価の上値が重くなってきたのは、"エヌビディア陣営"の各企業の巨額投資が、果たして投資に見合う収益を上げることができるのかという疑念が、市場参加者の間に生じたことにある。エヌビディアのジェンスン・フアンCEOはじめ、当事者たちは将来的に莫大な収益を生むと語っているが、それが具体的にどのような形になって表れるかは誰にも見えていない。ドットコム・バブル期に問題になったダークファイバー(利用されなかった光ファイバー回線)が引き合いに出され、結局、"循環取引"に過ぎないのではないかという見方も少なくなかった。そこに一連の巨額投資とは距離を置き、よりコストを抑えてAIを開発する陣営が現れた、という構図だ。実際、足もとでは"エヌビディア陣営"と"グーグル陣営"の株価の勢いに差があり、明暗が分かれている。非常に分かりやすい構図ではある。 だが現時点でゲームチェンジと断定するのは時期尚早だろう。フアンCEOは「ジェミニ3」登場の報を受け、各メディアを通して素直にアルファベットに祝意を贈るなど、余裕の姿勢を崩していないし、同社の現在の株価に疑義をぶつけている空売り投資家、マイケル・バリー氏に真っ向から反論する書簡をウォール街のアナリストに送るなど、相変わらず精力的な動きを続けている。 春先の「ディープシーク」登場時も、一部ではエヌビディアの牙城が崩れると騒がれたが、それが杞憂だったことは、その後の同社の業績と株価の動きを見れば明白だ。今回も決算結果が株価に素直に反映されなかったとはいえ、同社の株価が大きく崩れたというわけでもない。株式マーケットも初動段階の現時点では、一連の動きを消化することができず、今後の展開はまだ読み切れていない、というのが実情ではないだろうか。 どちらの陣営に優位性があるのかはともかく、気が早いマーケット関係者の中には、来年(26年)は、アルファベットも"4兆ドルクラブ"に加わり、エヌビディアを交えた4兆ドルクラブ企業による時価総額首位争いが展開されるという見方も出てきている。最も強気の意見では、S&P500種指数が来年には8000ポイントを目指すという見方さえ出ている。1つ確かなのは、これまでエヌビディア一極集中だったAI相場に厚みが増すということで、これはマーケットの視点に立てば、歓迎すべきことなのではないだろうか。 ◆当面は「K字回復」のトレンドを掴んだ企業が勝ち組に 「ジェミニ3」の登場の話題はさておき、ここからはもう少し視線を足もとに向け、年末相場に向けた投資のポイントを考えてみたい。すでに米国ではクリスマス商戦に突入しているが、依然として高所得者層を中心に、米国の消費動向は堅調に推移している。アメリカン・エキスプレス のカード延滞率は低く、航空旅客数や全米レストラン・オンライン予約数、ブロードウェイ観客数といった高所得者層を中心とした消費動向を示す各データも総じて順調に推移している。 小売りセクターでは、やはり高所得者層向けのファッションブランドを展開しているタペストリー やラルフ・ローレン などが年初来、高いパフォーマンスを上げている。特に注目したいのは、足もとで評価を高めているギャップ の動きだ。いま、米国では "ラルフ・ローレン的なクリスマスを送ろう" というのが、ある種、消費のトレンドになっているそうだ。本当に高額な商品は買えないまでも、人々が高級感を抱ける暮らしを求めている、ということだろうか。ギャップはそんな風潮を捉えたのかもしれない。これまでファストファッションのブランドとして、比較的低・中所得者層向けの製品を提供してきた同社の商品が、ブランド戦略の変化もあって高所得者層にも受け入れられるようになってきたのだ。在庫圧縮も進み、ファッションブランド企業としての"勝ち筋"も見えてきたようだ。 高所得者層の消費は活発な一方、今年のホリデーシーズン全体の消費見通しは良好とは言えない。ブルームバーグの予測では、25年第4四半期(10-12月)の消費の伸び率が過去5年間で最低の水準になると見込まれ、ミシガン大学の消費者マインド調査でも、消費者のセンチメントは過去最低水準に低下している。日本同様、低・中所得者層を中心とする多くの国民にとって、賃金上昇がインフレ率の上昇に追い付いていない状況が常態化しているのだ。 つまり、前回のコラムで述べた米国経済の二極化、「K字回復」は確実に進行している。したがって当面の米国株への投資戦略としては、こうした「K字回復」のトレンドに沿った事業を展開する企業が、勝ち組になるということを押さえるべきだろう。上記の高所得者層向けの事業を展開している企業が一つ。そして、低・中所得者層向けのサービスを展開している企業では、消費者の「トレードダウン(低価格消費)」志向を正確に捉えることができている企業だ。小売りセクターでは、得意とされる層だけではなく高所得者層にまで客層を拡大しているウォルマート や、プライベート・ブランドを始めとした商品開発にも力を入れるディスカウント・ショップの両雄、ダラー・ジェネラル 、ダラー・ツリー などが挙げられる。 ◆年末相場は、オラクル・リスクに注視しつつも"順張り"が妥当 一方、AIバブルが指摘される、米国株投資のリスクについても考えてみよう。やはり最大のリスク要因はオラクル周辺にあるのかもしれない。注目すべきなのは、同社のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の価格高騰だ。CDSとは、企業の債務不履行リスクに備えて売買されるデリバティブ(金融派生商品)で、価格が上がれば債務不履行のリスクが高まっていることを示している。 同社がオープンAIから3000億ドルに及ぶデータセンター契約を得たと報じられたことがきっかけとなって、同社の株価は急騰。これが起点となって、9月から10月のAI関連株の株高が実現したことは確かだ。ところが同社のCDSの推移を見ると、状況は全く異なっている。決算後に同社が150億ドルに及ぶ起債(社債発行)を発表すると、そこからCDS価格が急上昇しているのだ。オープンAIとの契約を履行するために、自らも巨額の投資をしなければならないということが示され、これによって同社の信用力にマーケットが疑義を抱き始めたのだ。 結果として同社の5年物CDSスプレッド(保険料率)は9月初旬の50ベーシスポイント前後の水準が、足もとでは130ベーシスポイントをうかがうほどにまで上昇。半面、同社の株価はCDS価格上昇と反比例するかのように下落している。結局、同社のCDSの上昇が収まらない限り、ハイテク株全体が反転のトレンドに向かうのは難しいのではないかと感じる。 その後、アマゾン・ドット・コム やメタ、アルファベットなどAI関連のハイテク大手企業が次々に起債を発表し、ハイテク企業の間ではちょっとした"起債ブーム"となっている。これらは今のところ、マーケットに顕著な変調をもたらしてはいない。それもそのはずで、社債発行企業は本業の収益が潤沢で、債務不履行に陥る可能性が低いと考えられているからだ。 とは言え気がかりなのは、足もとでハイイールド債と米国債のスプレッド(利回り格差)が拡大基調にあることだ。今後、スプレッドが急上昇すれば、社債市場の全体の信用力が低下していることを示すことにもなり、それに伴ってハイテク企業だけではなく、米国株全体の一時的な株価急落を招くこともあり得る。「K字回復」のトレンドに沿った企業への"順張り"を基本スタンスとして、米国企業の信用低下リスクに注視しながら投資に臨む。来年に向けた投資戦略はさておき、年末へ向けてはこの投資スタンスで大きな誤りはないだろう。 【著者】 大山季之(おおやま・のりゆき) 松井証券マーケットアナリスト 1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。 株探ニュース
