安田秀樹【"脱AI投資"の可能性を示した任天堂の好決算】
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●予想に反して販売不調の「iPhone Air」、その理由を再検証 今月は2026年3月期第2四半期(25年7-9月期)の決算内容を中心に、筆者がウォッチしている各社の動向をまとめていきたい。その前にまず初めに取り上げたいのは、前回に続いてアップルの新型スマートフォン(スマホ)「iPhone Air」の販売状況である。筆者は「iPhone Air」が大ヒットすると見ていたが、現時点の報道を見る限り、予想を外してしまったようだ。筆者は「視覚情報が購買を決めている」と普段から指摘しており、特に端末の厚みが購買決定の判断に大きく影響を与えると考えている。この理論通りなら「iPhone Air」はヒットするはずだが、現時点ではそうなっていない。 ユーザーなどへのヒアリングの範囲では、カメラが単眼しかないとの指摘を複数受けている。上級モデルの「iPhone17 Pro」など、他のナンバリング製品のカメラが2~3個あることから、相対的に価格比で性能が劣り、"損" と認識されているようだ。改めて感じるのは、人間は損失に敏感であるということだ。これが販売不振に繋がった要因に思える。 これらを踏まえると筆者の基本理論は以下の二つになる。 ①「薄く見える」などのメリットを視覚情報で捉えて買う(筆者は"形仮説"と提唱している)。 ②しかし損失には敏感なので、"損"だと思うと購買意欲が減退する。 これまでこの2つがかち合ったときに、どちらが優先されるのかを明確に検討しておらず、矛盾が生じてしまっていた。今回の「iPhone Air」と、「Switch2」で導入され不評だったキーカード(ソフトを起動する鍵が保存されたカード)の例を見て分かってきたのは、「人間は外見のメリットよりも損失回避を優先する」ということである。 つまり薄くてスマートに感じられても、機能が削られて損に感じてしまうのであれば、ユーザーに敬遠されてしまうということだ。筆者はどちらかというとデザインを優先的に見てきたが、この2つの事例により、優先順位づけが逆であったことが明らかになったと考えており、私の判断ミスであった。お詫びしたい。今後の販売予想には、この失敗を生かして、「製品に対して消費者がより損を感じていないか」を優先していきたいと思う。 この点からすると、先日ソニーグループ <6758> から発表された「プレイステーション(PS)5 デジタル・エディション」の値下げ(7万2980円から5万5000円へ)は要注目だと思う。価格面のメリットがディスクドライブが無いというデメリットを上回れるかである。筆者の最新の考えでは販売は大きく伸びないと見るが、結果が楽しみである。 ●AIデータセンター投資の増加で半導体関連企業の業績見通しは良好 次に各社の決算を見ていきたい。村田製作所 <6981> とTDK <6762> の26年3月期第2四半期(25年7-9月期)決算はともに好調だった。両社とも、スマホ向けの早期の需要取り込みの影響があったとしているので、「iPhone」や中華系スマホの需要が強かったと考えている。なお、詳細は来月に述べたいと思うが、ソニーグループのCMOSセンサーを含むイメージ&センシング・ソリューション(I&SS)事業も同様に力強い動きだった。 次に紹介するAI(人工知能)関連も含め、電子部品大手各社の需要は総じて堅調で、決算後の株価も上昇した。そんな中で唯一、株価が軟調だったのは太陽誘電 <6976> で、26年3月期上半期(25年4-9月期)の決算は好調だったものの、複合デバイス事業の減収が市場の想定を上回ったことで、投資家が期待したような業績の上方修正とはならなかった。 半導体関連ではアドバンテスト <6857> や信越化学工業 <4063> 、東京エレクトロン <8035> の各社決算で、DRAM市場の活況が表れており、今後に期待が持てる内容だった。各社とも、"生成AI界隈"の大幅な設備投資増でDRAMの需要が高まり、DRAM価格が高騰している影響が出ている。 また、トランプ関税の引き下げや日本による対米投資を協議した日米合意では、日本企業の投資先にデータセンターが挙げられており、村田製作所とTDKがリストアップされた。これによる事業への影響は現時点では不透明だが、実行されれば両社の業績への寄与が期待できるだろう。 AI関連の盛り上がりは非常に強いものがある。各社の決算説明会での経営陣の説明を聞いていると、少なくとも投資はかなり活発に行われているようだ。しかし、米国のAI関連企業の業績が、株価に見合っているかどうかは筆者には判断しかねるところがある。今後は増強された演算能力やメモリー能力を活かして、サービスの収益化ができるかが焦点になるであろう。 ●コーエーテクモ、カプコン…、ゲーム業界各社は総じて好調な決算に 次にゲームセクターでは、まずはコーエーテクモホールディングス <3635> を見ていきたい。10月23日に26年3月期上半期(25年4-9月期)の計画を上方修正し、10月27日に決算が発表された。大型タイトルの新作発売がなかったこともあり、7-9月期の業績は減収・営業減益だった。ただ、同社の投資部門の運用成績は、相場環境が良いこともあり、営業外収益が素晴らしい結果になっている。運用資産も株式市場の好調で大きく膨らんでおり、今後の成果が楽しみになる決算だった。 次はカプコン <9697> である。26年3月期第2四半期(25年7-9月期)の決算自体は増収増益で良かったのだが、「モンスターハンターワイルズ」の販売が16万本と低調だったことが嫌気されたようで、株価は下落した。同ゲームは第1四半期(4-6月期)でも計画を下回り、投資家の期待に応えることができなかったのだが、筆者はそこまで悲観的には見ていない。「バイオハザード レクイエム」や新作の「プラグマタ」は東京ゲームショウ2025でも好評で、今後の販売に期待が持てるからだ。 革新的な体験を顧客に与えた方が喜ばれると開発側は考えがちだが、人間は本質的に変化を嫌っているのである。筆者の意見として、超大作はできるだけ人間の現状維持バイアスに配慮する必要があることを指摘したい。つまり開発側は革新的な体験をもたらしたつもりでも、その結果、これまで当たり前だった別の要素が薄れたと感じると、顧客側は損をしたと思ってしまうのである。「モンスターハンター」シリーズにしても、「ワイルズ」の失敗は確かに痛いが、次回作で初動は様子見されたとしても、今まで通りの顧客体験を実現できるのであれば、販売状況も戻ると見ている。顧客側の心理面を考慮して再起を図ってもらいたいものだ。 スマートデバイス向け専業のゲームメーカーの決算は低調なところが多かったが、コロプラ <3668> やエイチーム <3662> の26年3月期上半期(25年4-9月期)の業績は改善していた。業容拡大やコスト削減が進んでいるためだが、今後は売上高の成長がどうなるかを示す必要があるだろう。 ●わずか4カ月で1000万台超を達成、「Switch2」の驚異的な販売状況 ゲームセクターで最大の注目を集めた任天堂 <7974> の26年3月期第2四半期(25年7-9月期)決算は非常に好調で、「Switch2」の販売(着荷)台数は実に1000万台を超えた。ソニーの「PS5」が発売から5カ月で780万台だったことを考えると、4カ月足らずでこれを大幅に上回ったことは驚異的である。特に「PS5」は商戦期直前の11月発売であったのに対し、「Switch2」は非商戦期の6月発売なので勢いの違いは明確である。 「PS5」はコロナ禍中の発売で、十分な台数を用意することができなかったという面があったことは確かである。だが、そもそも商戦期に発売しなければならないという迷信にこだわり過ぎて十分な台数を用意できなかったと捉えるべきだと思う。次世代機の「PS6」ではこのような過ちが繰り返されないことに期待したい。 筆者は経営の定義を、「因果性のあるものにヒト、モノ、カネを投じるもの」としているので、任天堂は非常にうまくやっていると思う。現状ではキーカードだけが不安要素で、それ以外に大きな問題は見当たらない。特にハードの販売に関しては、非の打ちようがないレベルであり、筆者の想定通り、2億台を目指す展開となろう。 ●伸びしろが大きいJR九州、Vチューバー・イベントが好調の近鉄 次に鉄道セクターを見てみよう。JR東海 <9022> は万博効果もあり、26年3月期第2四半期(25年7-9月期)の業績は伸長したものの、リニア中央新幹線の建設費がこれまでの7兆円から11兆円に膨らむ見通しとなったことから、株価は軟調である。以前も指摘したが、リニアは静岡県側から見ると単に通過されるだけでメリットが少なく、いわゆる"水問題"もあってなかなか前に進んでいない。東海道新幹線の増発メリットがあったとしても、人間は損失に敏感なので、メリットを強調するだけでは前に進みにくいと思われる。静岡県側に損失が少なくなるようなスキームを提案できるかがカギとなろう。 東京地下鉄 <9023> の26年3月期上半期(25年4-9月期)の営業利益は、ほぼ横ばいだった。鉄道の延伸が難しい状況にあることを考えると、利用者の鉄道による流動性を高め、新たな需要を掘り起こす方策が必要だと思う。ただ、鉄道は安心安全が最優先されるものとの考えもあるので、バランスは考慮する必要があろう。 JR九州 <9142> の26年3月期第2四半期(25年7-9月期)決算は好調だった。運賃の値上げ効果も寄与している。26年3月期通期の見通しでは、経常利益までは上方修正だったが、博多駅近くの線路上に建設予定だったビルの建設をコスト上昇により中止し、特損を計上したために、最終利益は下方修正となった。とはいえ同社には、台湾積体電路製造(TSMC) の進出で活況を呈する熊本でのビル建設や、熊本空港アクセス鉄道計画などの伸びしろがある。 また、JR九州の子会社が運営する複合商業施設「JR博多シティ」に、任天堂が「Nintendo FUKUOKA(ニンテンドーフクオカ)」を出店することになっており、これに合わせる形で「スーパーマリオ」のイベントを行う予定など、カタリストも豊富である。JR九州の古宮洋二社長によると、24年12月から25年7月まで運行した「ピクミン」のラッピング列車は、編成によっては10%超の乗車増を生み出す効果があったそうだ。 こうした取り組みを継続していけば、今後は鉄道に乗ることそのものを目的とする利用者の増加も見込めるだろう。 最後に決算外の話題となるが、11月1日からANYCOLOR (エニーカラー) <5032> 所属のVチューバーとコラボした近鉄グループホールディングス <9041> の志摩スペイン村のイベントは、非常に出足が好調となっているようだ。Vチューバーの存在が一般に認知されてきており、人気のVチューバーのグッズを手に入れたりイベントを見るために出かける、という「推し活」の行動が完全に定着したと言っていいだろう。 この半年で日経平均株価は大幅に上がったが、内容的にはAI関連が中心であり、すそ野が広がったとは言い難い面があった。だが任天堂の決算とその後の株式市場の反応の良さを考えると、今後、投資対象の幅が広がっていく期待を感じさせてくれる。総じて明るい見通しが持てる26年3月期第2四半期の各社決算だったと言えるだろう。 【著者】 安田秀樹〈やすだ・ひでき〉 東洋証券アナリスト 1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。 株探ニュース
