時価総額5兆ドル突破、エヌビディアCEO強気発言の背景<大山季之の米国株マーケット・ビュー>
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◆AIバブル論を否定したジェンスン・フアンにマーケットも呼応 一部の経営者によるAI(人工知能)ブームへのネガティブな発言が報じられたり、エヌビディアを標的にした空売りファンドの存在が明らかになったりするなどで、ここにきて上げ相場に一服感も兆しているが、米国株マーケットが上昇基調にあることは変わりがない。 「すでに5000億ドルの売り上げが見えきた」。10月28日、米首都ワシントンで開催されたエヌビディアの開発者会議「GTC」の壇上でジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)は、同社の主力AI半導体「Blackwell(ブラックウェル)」と次世代半導体「Rubin(ルービン)」の需要の大きさを伝えた。2025年1月期の売上高が1300億ドル超の同社にとっては、驚異的な数字だ。この発言を受け、同社の株価は急騰し200ドルを突破、時価総額は史上初めて5兆ドルに達した。さらに複数のメディアやアナリストは早くも時価総額10兆ドル突破の可能性さえ論じている。主要指数が史上最高値を更新する米国株高の背景は、このフアンCEOの発言に集約されていると言っていいだろう。 9月にオープンAIやオラクル など、AI関連企業への巨額投資やファイナンス計画が発表され、改めてAI関連企業へ資金が流入する中、市場関係者の間で囁かれていた"AIバブル論"。果たして投資額に見合うだけの収益を上げることができるのかという懸念は、当然ながらAIブームの主役であるエヌビディアにも向けられていた。今回のフアンCEOの発言は、こうした見方に真っ向から反論するものだった。 AIの旺盛な需要が、実際に同社の業績に反映されているのかを判断するのは、11月下旬に予定されている同社の25年8-10月期決算の発表を待ちたいと思う。特に注目したいのは、同社の粗利益率の変化だ。これまで、同社では新製品を投入するたびに利益率を高めてきたが、コストダウンが求められているAI開発各社が、AI半導体の調達コストを抑えようとする中で、マーケットが期待するような高い利益率を維持できるのかが焦点となる。とは言え、足もとでの株式マーケットの反応を見る限り、多くの投資家たちが、フアンCEOの言葉を額面通りに受け止めていることは確かだ。 AI半導体では同社のみならず、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD) 、ブロードコム 、さらにメモリー大手のサムスン電子、SKハイニックス、マイクロン・テクノロジー が揃って直近の決算が好調で、株価も上昇している。これまで出遅れていたクアルコム も、AI半導体への参入が伝えられた途端、株価が急騰した。少なくともAI半導体の市場は、需要が供給を上回る状態が続いており、電力や省エネルギー、冷却装置などAIデータセンター関連市場も引き続き拡大している。 ◆ハイテク大手決算、発表後のマーケットの反応が分かれた理由 では次に、AI相場が再燃する中で、注目された米ハイテク大手企業の決算を見ていこう。ハイパースケーラーと呼ばれる大手4社の25年7-9月期の設備投資額合計は過去最高の1125億ドルに達し、相変わらず競うように巨額のAI投資を続けていることが明らかになったが、発表後のマーケットの反応は見事に明暗が分かれた。膨大な額に積み上がったAI関連の投資額に対して、果たして投資回収が可能なのか、マーケットが投資の正当性を判断する場となったのが今回の決算だったのだ。 まず、発表後に株価が10%超下落したのがメタ・プラットフォームズだ。同社は主力の広告事業でいち早くAI効果が表れ、マーケットからの評価も高かった。だが今回の決算では、最低700億ドルに上方修正した25年12月期の設備投資額に投資家から厳しい評価が向けられた。決算後の会見で過剰投資の可能性を問われた同社のマーク・ザッカーバーグCEOは、「その可能性はある」としながらも他社との競争のためには必要だと答えた。果たして広告事業だけで巨額の投資額を回収できるのか。同社の姿勢にマーケットはこうした疑念を感じたようだ。 マイクロソフト の25年7-9月期決算も、クラウドサービス「Azure(アジュール)」をはじめ業績は堅調だったが、発表後の株価は低迷した。興味深かったのは決算会見の席上でのやり取りだった。過剰投資に関する質問に対して、同社のエイミー・フッドCFO(最高財務責任者)はこんな答えを返している。「私たちはこれまで多くの額をAI投資に費やした。それで需要に追いつくと考えたが、全く追いついていない。だから投資額は増やさざるを得ない」。マーケットの危惧をよそに、さらにAIへの投資額を積み上げ続けるメタとマイクロソフトの両社に対して、米『ブルームバーグ(Bloomberg)』は、「試される投資家の忍耐」という見出しで報じた。的確な表現だと思う。 一方、決算内容が好感されたのは、アマゾン・ドット・コム だ。同社は25年12月期の設備投資額を1250億ドルと見込み、GAFAMの中でも最大規模の投資計画を実行している。それでも評価されたのは、稼ぎ頭でもある世界最大のクラウドサービス「AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)」の7-9月期の成長率が20%超と22年末以来の伸びとなり、AI需要の高まりが目に見える形で示されたからだ。25年年初来の株価上昇率では他社の後塵を拝していた同社だが、収益手段が広告事業に偏っているメタと異なり、事業はクラウド以外にも、EC(電子商取引)やメディア、広告など多岐に及んでいる。いずれもAIの恩恵を受けると思われる分野で、AI投資による事業シナジーが見込めると判断されたようだ。さらにリストラ実施も発表され、アクセルとブレーキを同時に踏み込む企業経営スタンスが示されたことも好感された。 同じく、AI投資が業績を押し上げていることを証明したのが、アルファベット だ。「AIが事業全体に大きなビジネス成果をもたらしている」。同社のスンダー・ピチャイCEOは投資家に向けて語ったが、アマゾン、マイクロソフトを追う立場のクラウドサービス部門の受注残高が、前四半期比で490億ドル増の1550億ドルに上っていることもあって、マーケットの評価は上々だ。 こうしてハイパースケーラー4社の決算とマーケットの反応を見て感じるのは、決算発表後の説明や質疑応答の内容で、差がついているのではないかということだ。AI投資を回収するための収益手段を明示することができた企業とそうでない企業の差だ。年々、積み上がっていくAIへの投資額。巨額投資へも対応を迫られているのは各社共通だが、果たして投資額を回収する手段がその企業に存在するのか。クラウドを軸に自動倉庫やECのレコメンデーション機能の強化など、回収手段が拡大していくと目されているアマゾン、クラウドサービスの高い成長が見込めるアルファベットはマーケットの信任を得た。それに対して、クラウドサービスを持たず、現時点では広告事業以外に回収手段が見えていないメタは信任を得ることができなかった。 ◆米国経済は「K字回復」、かつてのバブルとの決定的違いは金融システムの健全性 ところで、いまの米国の株高を生んでいる要因はAIだけではない。トランプ関税の影響が懸念された米国景気の堅調さや、利下げが既定路線と見られている米国の金融政策があることは言うまでもないだろう。 米国経済の現状と景気動向に関しては、10月29日のFOMC(米連邦公開市場委員会)後に行われた会見でのパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長とメディアのやり取りが示唆に富んでいる。「AIブーム、株価上昇、家庭資産の増加などを考慮しているのか」。マーケットが期待する12月の追加利下げを明言しなかった同議長に、メディアからこんな質問が出た。それに対する答えは、「いまの米国経済は、インフレが進行するとともに、雇用情勢は悪化しつつある。だが私たちが取れる手段は一つしかない。したがって判断を慎重に行うことは理にかなっている」。 雇用を守ることを優先するのか、インフレを抑えることを優先するのか。マーケットはそのどちらも期待しているが、そんなことはブレーキとアクセルを同時に踏むようなもので不可能なことだ、という意味だろう。さらにアマゾンなど大手ハイテク企業で実施されるリストラを引き合いに出した、「いまの経済成長は雇用を犠牲にしたものだという認識はあるのか」という問いには、「注意深く見守っている」と否定も肯定もしなかった。そして、「いまの株価の状況をバブルだと感じているのか」というストレートな質問には、「FRBは一つのアセットに対する意見を述べる役割はない」と返し、こう続けた。「少なくとも、金融システムに異常は生じていない」。 いま、マーケット関係者の間では、米国景気の現状を表す際に、「K字回復」という言葉が使われるようになっている。良くなる分野と悪くなる分野へと二極化が進み、その差が「K」の字さながらに拡大していくという意味だ。パウエル議長もこの認識は持っていて、消費者向けの企業決算では、多くの企業が二極化を指摘しているという。実際、景気の先行指標と言われるミシガン大学の消費者信頼感指数を見ると、リーマン・ショックやコロナショック時並みの低い水準になっている。消費マインドが冷え込んでいる中で株高が続いているわけだ。 とは言え、複数のメディアが指摘する、バブルを示すような金融不安の兆候はない。これまでの株価暴落局面、1980年代後半の平成バブルや1990年代後半のドットコム・バブル、2000年代半ばのサブプライム危機の時期と比べると、大きく異なるのはバランスシートの健全性だ。AI投資のための大型起債を発表し、物議を醸したオラクルやメタのバランスシートを見ても、ドットコム・バブル崩壊時に株価が急落した企業のようには資産と負債のバランスは崩れてはいない。 しかもいまの米国株を見渡すと、マグニフィセント・セブン(M7)への過度な資金集中が改善され、物色対象が拡大していることが分かる。S&P500種指数構成銘柄でも、これまで大きく開いていたM7とその他493銘柄のEPS(1株当たり利益)成長率の差が縮小している。アナリストのコンセンサスでも、キャタピラー 、ゼネラル・モーターズ 、フォード・モーター 、コカ・コーラ 、GEエアロスペース など、非ハイテク分野の大企業の評価が上昇している。 つまり、AI投資の正当性が問われ、K字回復の過程で消費の二極化は進んでいるが、米国株市場全体では、引き続き堅調な状態を保っている。ではそうした状況で、年末に向け、今後の具体的な個別銘柄への投資戦略をどう考えればいいのだろうか。 ◆高配当、自社株買い、アナリストの高評価、3本の矢を備えた銘柄とは まず、言えるのは基本的には"リスクオン"の姿勢は間違っていないということだ。一部で懸念されたバブルの兆候も見えず、今回の決算を通して企業経営者のセンチメントが改善していることも明らかになってきた。したがって当面は相場の流れに逆らわず、モメンタム重視の"順張り"が基本戦略となるだろう。 ただし、足もとの株価上昇で、バリュエーション面で割高になっていることも確かだ。そこでキーワードとして挙げたいのが "安全運転"という言葉だ。前回のコラムで述べた、IBM や日立製作所 <6501>が一例だが、本命ではなくとも、安定的な成長を見込める企業。そんな企業を見つけるために、三つの条件を設定してみた。一つはバランスシートの健全性を見るために、連続増配を続けている企業。そして過去5年間、自社株買いなどで1%以上株式数を減らしている企業。さらにそれらの条件を満たしつつ、アナリストの買い推奨が多く、マーケットの評価が高い企業。 こうした条件でピックアップした企業のうち、トップランクになったのはウォルマート だった。言うまでもなく世界最大の売上高を誇る巨大小売り企業だが、手厚い株主還元とともに、事業面でもEC分野が高い成長を見せるなど、リスクを抑えつつも投資妙味も感じることができる"安全運転"銘柄の代表的存在だ。さらに鉄鋼最大手のニューコア 、ヘルスケアのカーディナル・ヘルス 、制御機器のエマソン・エレクトリック 、冷却機器のドーバー といった企業が挙がった。 ニューコアは、同社のレオン・トパリアンCEOによると全米のデータセンター向け鋼材では95%のシェアを持っているとのことで、AI関連銘柄として足もとで株価が急騰している。エマソン・エレクトリックは19世紀に扇風機メーカーとして創業された老舗企業だが、これまで長年、周辺分野へのM&A(合併・買収)戦略で事業を拡大してきた。ところが近年では、コングロマリット・ディスカウント(複合企業の企業価値が各事業ごとの企業価値の合計を下回る事象)解消のために一転してスピンオフ(事業分離)に力を入れ始め、2016年にスピンオフされたバーティブ・ホールディングス が、AIデータセンター向けの冷却装置で業績が急拡大している。スピンオフの成功例としては、GEエアロスペース 、GEベルノバ 、GEヘルスケア・テクノロジーズ へと3分割したゼネラル・エレクトリック(GE)が挙げられるが、エマソン・エレクトリックとバーティブにも、同様の可能性がある。 エヌビディアやアマゾン、GEベルノバ、IBMなどマーケットの評価が高いAI関連銘柄に、株高の恩恵を受けるアメリカン・エキスプレス やシティグループ 。そこに財務内容が健全で、株主還元にも力を入れ、成長可能性が高いと見込まれるこれらの"安全運転"企業を物色対象に加える。年末に向けては、こんな投資戦略を検討してみてはいかがだろうか。 【著者】 大山季之(おおやま・のりゆき) 松井証券マーケットアナリスト 1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。 株探ニュース
