AI企業の「勝ち組」と「負け組」を分かつものとは?<大山季之の米国株マーケット・ビュー>
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◆日本株上昇の要因は「高市トレード」だけではない 高市早苗氏の自民党新総裁就任による"高市トレード"で沸く日本の株式市場。欧米メディアでは、「米国、欧州に続いて右傾化する日本」と伝えているが、英国のサッチャー元首相を信奉しながらも、政策的には真逆の財政拡大論者である高市氏。アベノミクスの後継者とも目される彼女が一体、どのような政策運営を行うのかは注目だ。 政治の動きはさておき、先週来の日米マーケットの動向を見て感じたことがある。それは、ここに来て投資家たちが日本企業の潜在能力に気付き始めたのではないかということだ。先週、エヌビディアのジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)とオープンAIのサム・アルトマンCEOというAI(人工知能)ムーブメントの推進役ふたりが同時期に来日し、日本企業の経営トップとの面会や、提携発表が報じられた。中でも個人的に注目したのは、オープンAIと日立製作所 <6501> のAIデータセンター事業での提携だ。 ここ数年のAIムーブメントでは、日本企業のポジショニングはAI半導体を製造するための装置や素材を供給するという役割に過ぎなかった。だが、AIの進化には巨大なデータセンターが必要であり、その実現に向けて重要な課題が電力供給であることが分かるにつれて、AI開発企業の間では、この対策が急務となっていた。そこに現れたのが日立製作所なのだ。アルトマンCEOは、よく同社に目を付けたと思う。今後、AIデータセンターの建設計画を推進しようと思えば、世界最高水準の省エネルギー性能を持つ同社製品の技術力は、極めて重要な意味を持つはずだ。 私たち日本人にとっては、電力供給における同社製品の技術力の高さは半ば常識だが、これまではそれが直接、AI開発に結び付くという認識は薄かった。エヌビディアが提携した富士通 <6702> や安川電機 <6506> とともに、これまで周辺産業に過ぎなかった日本企業が、AIデータセンター建設の中心的な存在に躍り出ることを示したのが、今回の一連の提携発表だったのではないかと感じる。 ◆再燃してきた"AIバブル論"の正体とは? にぎやかになってきた日本株市場はさておき、米国株市場の現状に目を転じてみよう。まず、米国の国内景気については、小売り既存店売り上げ、航空会社の旅客数、ブロードウェイの観客動員数、ディナー予約数といった消費動向を示す各種データの数値に異常は生じておらず、相変わらず個人消費が堅調に推移していることが分かる。 一方、ISM(米サプライマネジメント協会)製造業、非製造業景気指数は市場予想を下回り、政府機関の閉鎖により、米労働省の雇用統計の発表が延期されたものの、民間の雇用調査では雇用情勢の軟化が示されている。すでにマーケットが織り込んでいる10月の利下げという見方に変化はなく、主要株式指数はそろって高値圏で堅調に推移し、AI関連企業は相変わらずAIへの投資を、"軍拡競争"さながらに繰り広げている。そんな中、ここにきて改めてメディアや市場関係者の間で高まってきているのが、AIへの過剰投資に対する懸念、"AIバブル論"だ。 そうした流れを踏まえて、この1カ月の米国株市場の動きを改めて検証してみよう。まず、足もとでAI関連銘柄への注目が集まっているのは、ブロードコム やオラクル のサプライズ決算が起点となっていることは確かだろう。これまでのAI相場の主力は、エヌビディアやアマゾン・ドット・コム 、マイクロソフト 、アルファベット 、メタ・プラットフォームズなど、ハイパースケーラーに限られていた。言ってみれば資本が潤沢な、世界で最も資金力のある"金持ち企業"だ。そこに、2番手と見られていた企業が、AI開発競争の先頭集団に加わってきたのだ。 ここで個人的に注目したいのは、9月24日に発表されたオラクルの総額180億ドルに及ぶ社債の発行と、それに対する投資家たちの反応だ。社債としては異例の規模だったにもかかわらず、募集総額の5倍近い応募が集まったというのだから、現在のAIムーブメントへの期待の大きさを表していると言える。だがここで頭をもたげてくるのが、2000年前後のいわゆるドットコム・バブルの残影だ。 これまでAI企業への資金供給では、エクイティ(株式)、つまり株式市場を通した投資マネーが中心だったが、オラクルの起債成功は株式市場に頼らずとも、デット(債券)で資金調達できることを証明したのだ。当然のことながらデットの資金調達が増えるということは負債が増加することを意味し、これまでのように損益計算書だけではなく、バランスシートも気にしなければならなくなったということだ。 ドットコム・バブルの時は、ドットコムと名の付く企業にはやみくもに資金が流入した。オープンAIの実需が見えているオラクルはそれでもいいとして、今後、スタートアップを含めたAI企業にも同じようなことが起きないか。ここ数週間で、各所でかまびすしくなった"AIバブル論"は、そんな不安も反映しているのではないだろうか。 ◆AI投資「1兆ドルの壁」を乗り越えるために必要なこと さらにAIへの過剰投資を危惧する意見を集約すると、「AIへの投資額と照らし合わせて、実需がどこまであるのか見通せない」という点に尽きるだろう。米有力VC(ベンチャー・キャピタル)、セコイア・キャピタルは、2024年までの2年間に行われたAIインフラへの投資額を回収するためには、約8000億ドルが必要になると試算している。一方、モルガン・スタンレー やアライアンスバーンスタイン・ホールディング によると、24年のAI製品による収益は450億ドルに過ぎないという。こうした状況を受け、いま、米国の市場関係者の間では、「1兆ドルの壁」という言葉が広がり始めている。これまでのAI投資を正当化するには、半導体とデータセンターの耐用年数である3~5年以内に、最低でも約1兆ドルを超えるAIによる収益が必要になるが、果たしてそれだけの収益規模があるのかという疑念だ。 この疑念は当然のことだ。例えばオープンAIの「チャットGPT」は、利用者が急増し、全世界で約7億人のユーザーがいるとはいえ、同社の25年の売上高は130億ドル弱にしかならない見込みだという。少なくとも、今回のAIムーブメントの発端となった生成AIだけで、1兆ドルの収益を上げると考えることは無理がある。では、何によって、「1兆ドルの壁」を乗り越えるのか。フアンCEOが度々言及しているフィジカルAIがそれに当たるのか。このテーマを考えることが、今後のAI投資のカギになるのではないだろうか。 そこで一つの示唆を与えてくれるのが、6月にフアンCEOが米『Bloomberg(ブルームバーグ)』に語った「量子コンピューターの夜明けは近い」という言葉だ。近年、言葉だけは頻繁に聞くようになった量子コンピューターだが、具体的にどのようなものなのか。簡単に言うと、量子コンピューターでは、非常に高度な並列計算が可能なため、従来のコンピューターより情報処理の速度を飛躍的に高めることができる。フアンCEOによると、これによって、より強力なAIを実現することができるという。 性能をより分かりやすく伝えるなら、『日本経済新聞』が9月26日に報じたニュースが参考になる。英金融大手のHSBCホールディングス がIBM の量子コンピューターを使った実験を行い、債券取引の成約率を約3割向上させたというのだ。相対取引が主流の債券取引においては、顧客が求めるプライシング(価格)を出した証券会社のみが顧客と取引ができる。通常、顧客との取引はコンペが実施されるので、取引所を介する株式取引と比べて圧倒的に成約率が低いのだが、そこに量子コンピューターを取り入れたことで成約率を大幅に向上させることに成功した。つまり、他社に勝てる価格を顧客に提示できるようになったのだ。金融業界以外の人にはピンとこないかもしれないが、これは利益を得る確率を3割増やしたということで、実は債券ディーラーにとっては夢のような話なのだ。 マッキンゼー・アンド・カンパニーの推定では、28年には化学、ライフサイエンス、自動車、金融などの分野で量子コンピューターの実用化が始まり、35年までに6200億ドルから1兆2700億ドルの経済価値を創出する可能性があるという。要は量子コンピューターが実用化されれば、各分野でのAI開発の速度が一気に加速していく可能性があるということだ。いま、「エヌビディア=AI半導体」という認識が定着しているが、量子コンピューターが普及していけば、エヌビディアが量子コンピューターのために半導体を供給し、それによってAI開発がさらに進化を遂げる、という構図も考えられる。その先に、フアンCEOが思い描く、自動運転やロボティクスなどを含んだフィジカルAIの時代が訪れる、という筋書きだろうか。生成AIという狭い範囲ではなく、AIムーブメントの未来図が、そこまで広がっていくのであれば、巨額過ぎると言われるAI投資額も、正当化できるのかもしれない。 ◆トップランナーにしか見えていないAI社会の未来像 ただし現状では、AI投資がバブル的になっていることも確かだろう。推進者であるアルトマンCEO自らも、この数カ月、メディアの問いにドットコム・バブルとの類似性を認め、こんな発言をしている。「誰かが驚異的な金額を失うことになる。一方、誰かが驚異的な金額を得ることになる」。つまり、ドットコム・バブル同様に、「勝ち組」と「負け組」に二分されていくということだ。 もちろん、アルトマンCEO本人は、自分たちがAIムーブメントの中心にいて、決して"負け組"にはならないという確信があるから、こうした発言ができるのだろう。その言葉通りだとすれば、平成バブルやドットコム・バブルのように、すべての株価が暴落する、という局面を迎える可能性は低いのではないか。確かにオラクルの資金調達が引き金になって、AI企業が容易な資金調達に走り出す危険は感じる。だが今のところ、ドットコム・バブル期のように、実体の伴わない有象無象の企業に資金が流入する、という兆候は見えないからだ。 今後は、10%か20%の株式市場の調整はあるかもしれない。だが半面、いまの米国株のバリュエーションの高さから、調整を待っている投資家も多く存在する。誰かが資金を引き揚げれば、誰かの資金が流入するという状況で、ある程度の調整を経ながらも、中長期的に上昇相場は継続すると考えるのが妥当ではないか。 AI懐疑論については、AI社会の未来像を描けていないからそう考えるのだろう。おそらくAIムーブメントをけん引するトップランナーたち、ジェンスン・フアンやサム・アルトマン、ラリー・エリソン(オラクル会長)、孫正義(ソフトバンクグループ <9984> 会長兼社長)といった経営者には鮮明に描けているはずだ。現在のAI投資熱を突き詰めれば、多くの市場関係者には見えていないが、彼らには見えている景色がある。そうとしか思えないのだ。 従って結論を言えば、今後のAI相場の投資戦略としては、銘柄を厳選した上での"順張り"でいいのではないだろうか。端的に言えば、「勝ち馬に乗れ」ということだ。では勝ち馬に乗るためには、どのような視点が必要になるのだろうか。焦点となるのは、企業の設備投資の質を見極めることだ。実需に基づいたもの、つまり顧客の姿が見えた上で設備投資をしているのか。それとも外部環境がいいから設備投資をしているのか。言うまでもなく、後者の企業は、ドットコム・バブル後に姿を消した多くの企業の二の舞いになる可能性が高い。 そうした大きな流れを見越せば、これまでの本コラムで挙げてきた、AI関連の本命銘柄は引き続き、「買い」の判断でいいだろう。エヌビディア、SAP 、GEベルノバ 、コアウィーブ といった企業だ。いち早く量子コンピューター実用化への取り組みを始めたIBMは長期的な投資対象として面白い存在だ。リスクを承知の上で、より大きな投資成果を求めるなら、リゲッティ・コンピューティング 、イオンQ 、Dウェイブ・クアンタム といった量子コンピューター関連のスタートアップ各社が挙げられる。いずれも年初来、AIの主力銘柄と目されている企業群と比べても株価が大きく上昇しているが、今後のAIムーブメントの進展を考えても、このセクターが起爆剤となる期待は高まっている。そこに賭けるのも一策だ。 最後にあえて挙げたいのは、冒頭でも触れた日立製作所だ。オープンAIとの提携に「高市トレード」が加わり、株価は急騰しているが、それでもPER(株価収益率)は30倍以下(10月7日時点)と、米国のAI関連銘柄と比較すればまだまだ割安水準にある。AI推進に欠かせない、冷却装置と省エネルギーでの電力供給という両翼の武器を持っている同社には、メーカーとしてAIムーブメントの中心に躍り出る初の日本企業となる期待もできるのではないだろうか。 【著者】 大山季之(おおやま・のりゆき) 松井証券マーケットアナリスト 1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。 株探ニュース