主役交代!ブロードコム・エフェクトでAI相場はどう変わる?<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>
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◆期待に反してサプライズのなかったエヌビディア決算 AI(人工知能)相場が始まった2023年以来、世界中の多くの投資家の視線が、AI半導体の覇者、エヌビディアに注がれる状況が続いている。当然、8月27日(現地時間)に発表された同社の25年5-7月期決算にも、大きな注目が集まった。だが、今回の決算内容には、正直言ってポジティブなサプライズはなかった。中国向けの売り上げを計上できていないということもあるが、それを差し引いても売り上げが期待したほど伸びていない。 確かに、前年同期比で50%以上の増収増益となったのだから、好決算であったという評価もできる。だが、同社のいまの主力製品「Blackwell(ブラックウェル)」は、昨年まで主力製品だった「Hopper(ホッパー)」と比べて販売単価が2倍から3倍はすると言われている。「ブラックウェル」が「ホッパー」並みの販売状況であったなら、もう少し成長率が高くても不思議ではないはずなのだ。さらに決算内容を見てみると、米国向けの売り上げが伸びてはいるのだが、期待ほどではなかった。 25年8-10月期の会社のガイダンス(業績予想)も、市場予想平均以上の成長が続く見込みこそ示したものの、発表された数字には正直、拍子抜けした。同じ感想を持った市場関係者も、実は少なくなかったのではないだろうか。なぜ、同社の決算発表が物足りないと感じる内容になってしまったのか。その解を探ることが、この夏の一連の決算で最も重要なポイントだ。 エヌビディアに代わって、この1カ月の米国企業決算を通して最も注目すべき存在となったのは、AI半導体で同社を追うブロードコム だ。9月4日(同)に25年5-7月期決算を発表した同社の株価は、翌日には10%近い急騰劇を見せた。決算発表後の株価がさえないエヌビディアとは対照的な推移となったのだ。 ◆オープンAIがブロードコムを選んだことの大きな意味 市場に大きなサプライズをもたらしたのは、決算発表後に行われたホック・タンCEO(最高経営責任者)による電話会見の内容だった。25年8-10月期にAI関連の売り上げが62億ドルと、前四半期比で10億ドル増加するという見込みとともに、"ある企業"からの100億ドル超の新規大型受注を発表したのだ。 そもそも、同社には"エヌビディア1強"と言われたAI半導体市場の構図を変える可能性がある企業として、年初の段階から注目していた(「エヌビディア1強体制の終焉、ではこれから投資すべき銘柄は?」参照)。同社が提供するカスタム型AI半導体(ASIC=特定用途向け集積回路)が、エヌビディアが半ば独占していたAI半導体市場の牙城を崩す可能性があると考えていたからだ。株式マーケットでも同様の見方があり、年初来の株価は、決算発表前の時点で約30%上昇と、エヌビディアを上回るパフォーマンスを見せていた。その見方の正しさを証明したのが、今回の同社の決算発表だったと言えるのではないだろうか。 ブロードコムから新規受注について、具体的な顧客企業名の発表はなかったし、守秘義務の関係から今後も企業名が明かされることはないだろう。だが、直後に英「フィナンシャル・タイムズ」紙などが報じたところによると、発注企業はオープンAIだという。これが事実ならこの意味は極めて大きい。ブロードコムのAI関連売上高見込みは25年10月期通期で200億ドル弱の水準とされ、それらの発注元はアルファベット 、メタ・プラットフォームズ、中国のバイトダンス(TikTok運営企業)の3社だと言われている。そこに、大口顧客の4社目としてオープンAIの100億ドルが加わるわけだ。もちろん、来期以降の業績への貢献も大きいだろう。 さらにこの発表は、より広い視野で見ると、AI半導体セクターの大きな地殻変動を映している。現在、エヌビディアとブロードコムのAI半導体では、およそ2倍の価格差があると思われる。エヌビディアが生成AIから自動運転、ロボティクスに至るまで、AIのさまざまな用途に対応する汎用的なAI半導体を開発しているのに対して、カスタマイズ仕様のブロードコムのAI半導体では、それほどのスペック(仕様)は必要ないからだ。 これが何を意味するのか。まず両社の業績への影響だ。ブロードコムが100億ドルの受注をしたということは、裏を返せばエヌビディアは200億ドル分以上の受注機会を失ったということだ。さらにAIの技術革新をリードするオープンAIが、フルスペックのAI半導体ではなく、よりコストを抑えることができるカスタム半導体を採用したという事実が大きな意味を持つ。AIを開発する企業が最先端技術を詰め込んだ高価なエヌビディアの半導体を購入しなければならないという、これまでの常識が変わるきっかけになるかもしれないからだ。 エヌビディアのジェンスン・フアンCEOがこれまで語ってきたのは、2020年代の末までにAIインフラの市場が3兆ドルから4兆ドル規模に成長するという展望だった。年率で50%から60%、市場が拡大していけば到達するという計算だが、現実的に考えればこの金額は、現在のAIムーブメントをけん引する大手クラウド企業やAI開発企業などの投資額の許容範囲をはるかに超えている。したがって、フアンCEOが語るような市場成長を続けることは容易ではなく、ある時点で市場拡大のスピードが鈍化すると見るのが妥当ではないだろうか。 ◆エヌビディアとブロードコム、AI半導体の両雄への投資判断は? では今後、AI関連企業は具体的にどのように動いていくかと言えば、投資額を競うのではなく、投資コストを抑えて効率的なAI開発を求めるようになる可能性がある。そうした動きの具体例を示したのが、今回のブロードコムの発表だったのだ。 ただし今後、ブロードコムがシェアを伸ばし、エヌビディアを脅かすライバルになるのかと言えば、一概にそうとは言えない。ブロードコムのカスタム半導体は、採用する企業が基本設計を行うため、半導体設計で高い技術力が求められる。したがって、どの企業でも採用することができるものではないからだ。同社の主要顧客と目される4社は、いずれも独自仕様のAI半導体を開発できるほどの高い技術力を持っている企業ばかりだ。 マイクロソフト が今のところ同社の顧客と目されていないのは(見込み客にはなっているかもしれないが)、半導体の設計能力が4社と比較すれば相対的に低いためだろう。したがって、エヌビディアが広範囲に市場拡大を進めるに対して、ブロードコムは技術力の高い大手企業をターゲットとして、エヌビディアの高額AI半導体によって膨れ上がった市場を、価格の安いカスタム型AI半導体で食うことで事業の拡大を目指すという図式になるのではないか。 では両社の今後の投資判断はどのように捉えればいいのだろうか。株価についてはエヌビディアが決算後、上値が重い推移となっているのに対して、ブロードコムは、300ドル前後から350ドル前後の水準まで、一気に急騰している。今期の予想PER(株価収益率)を試算すると、エヌビディアの40倍台に対してブロードコムは70倍超と、ブロードコムに割安感はなくなっている。 現在のAI関連各社の動向を見ても、AI市場の成長は続き、唯一、最先端半導体を手がけるエヌビディアの地位はとりあえず維持されるだろう。したがって、同社に対する投資判断は「中立」と捉えている。ただし、巨大なデータセンターを保有している重要顧客の中でのエヌビディア製AI半導体のシェアがブロードコムに奪われ、さらに中国の「ディープシーク」のような効率化技術を導入することで、AI半導体をより効率的に使うことができるようになるかもしれない。そうなると、エヌビディアの増収率が低下していく可能性もあろう。 一方のブロードコムに関してはどうだろうか。AI市場の拡大が続くなかで、今後は確実にコストダウンの流れも広がっていく。そうしたニーズに応える同社の成長余地は大きい。今回の決算会見で印象的だったのは、同社が「現在の主要顧客4社の中でシェアが上がる」と指摘したことだ。これまでの会見では、自社製品をエヌビディアのAI半導体の補完的な製品だというニュアンスの発言をしていたのだが、今回の大型受注もあって自信を深めたようだ。約1300億ドルの売上高に達したエヌビディアと、500億ドルを超えたばかりのブロードコムでは、事業の成長率に差が出るのは当然のことだ。投資妙味という点では、エヌビディアよりはるかにブロードコムに魅力を感じる。 ◆オラクル決算が示した"追う立場"の強み 一方、9月9日に決算を発表し、株式マーケットの評価が急上昇しているオラクル についてはどう見ればいいのだろうか。同社の25年6-8月期決算発表の中で注目を集めたのは、クラウドサービスを中心とした残存履行義務、つまり受注残高が前年同期比で約4.6倍の4550億ドルへと一気に膨れ上がったことだった。注目すべきなのは、翌日の同社の株価が35%急騰したのに対して、アマゾン・ドット・コム の株価が下落したことだ。 大手クラウド事業者の事業規模をざっくり比較すると、最大手のアマゾンの半分の売上高がアルファベット、そのまた半分の売上高がオラクルという構図になっている。ブロードコム同様、事業規模から考えれば、クラウド大手の中ではオラクルが最も成長率を上げやすいポジションにいるのだ。 投資の基本でもあるが、大きな利益を求めるなら、あまりにも大きくなってしまった企業より、今は小さくてもこれから大きくなる企業を探してみたい。企業経営の視点で見ても、追う側と追われる側を比べれば、追う側が圧倒的に有利だ。何もないところを一から市場を切り開くより、あらかじめ市場があるところに進出するほうが、より効率的な事業成長を求めることができるからだ。 少なくとも足もとのAI相場では、半導体のブロードコム、クラウドサービスのオラクルと、これまで市場をけん引していた超大手企業を追う立場の企業の成長率が上がっているし、株価もそれに応じて上昇している。ただし、現在のところオラクルのデータセンターはエヌビディア製AI半導体を使っており、カスタム型は使っていない。その点では、今後のコスト競争力には不安があろう。オラクルのデータセンターの顧客にオープンAIが入っているが、そのオープンAIが半導体コストの削減へと舵を切ったことを忘れるべきではないだろう。 AI相場の今後を考えるうえで、もう一つ注意すべきなのは、現在、米議会が検討している「GAIN AI法案」だ。これはAI半導体を国内に優先供給することを規定した法律で、エヌビディアのフアンCEOは明確に反対の意思表明をしているが、もし、施行されれば中国の半導体メーカーに大きなチャンスをもたらす結果になるだろう。 中国にはアリババ・グループ 、バイドゥ(百度) 、ファーウェイと、AI半導体の自社開発に取り組んでいる大手ハイテク企業が存在する。米国以外でAI半導体を設計・開発できる唯一の企業群と言っていい。もちろん、最先端技術という点では、これらの企業の半導体は、エヌビディア製の半導体と比較すれば、性能面で大きく劣っている。だが、「ディープシーク」以降明らかになったのは、中国のハイテク企業は、性能の低い半導体でもAIの開発を可能にするソフトウェアの技術力があり、この点では米国企業をしのぐレベルにあるということだ。 つまり、中長期的な視点で見れば、際限のないAI投資競争を続けている米国の大手ハイテク企業に代わって、中国のハイテク企業がAI開発の潮流のゲームチェンジャーとなる可能性もあるということだ。今後のAIセクターへの投資戦略を考えるうえでは、AI半導体のファウンドリー企業として唯一、盤石なポジションを確立している台湾企業、TSMC も含めて、米国企業以外に視野を広げることが必要ではないかと感じる。 【著者】 今中能夫(いまなか・やすお) 楽天証券経済研究所チーフアナリスト 1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998-2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。 株探ニュース