安田秀樹【プレステ5の販売が低迷してもソニーGが好業績な理由】
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●売り切り型からリカーリングビジネスへの転換を進める 今回は、前回に引き続き、2026年3月期第1四半期(25年4-6月期)決算シーズンの後半に決算が発表された各企業の動向を伝えたい。まずは好決算となったソニーグループ <6758> である。第1四半期のゲーム事業のセグメント営業利益は過去最高だった。 「プレイステーション(PS)5」の第1四半期の販売台数自体は約250万台と、同時期の「PS4」を下回っていることを考えると、同一期間で「PS4」の累計を超えるのは難しい情勢だ。ただ、同社は「PS5」の損益をそもそもニュートラル(おそらく若干の逆ザヤであろう)と見ているので、業績への影響は小さい。そしてこれまでであれば、ハードの販売が低迷するとソフトの販売も落ち込んで、業績が悪化することが多かったが、今回はそうはならなかった。なぜハードが下り坂でソフトの販売本数も大きく伸びていないのにもかかわらず、過去最高の営業利益を達成できたのであろうか。 この理由は大きくふたつあると見ている。ひとつは「PS4」やパソコンも含め、以前から展開しているライブサービス系のゲームや「プレイステーションネットワーク(PSN)」サービスが貢献していることである。特に「PSN」はサブスクリプション型のビジネスで、利用者が一度入会すると解約されにくいという特性を持つ。採算性もよく、恒常的に利益を生み出す要因になっている。もうひとつが、バンダイナムコホールディングス <7832> とKADOKAWA <9468> 傘下のフロム・ソフトウェアが開発した『エンデリング ナイトレイン』というサードパーティソフトの寄与だ。 ソニーグループの決算内容を見ていると、高性能のハードを薄利で販売し、コアユーザーに優越感を与えるというビジネスモデルが、いかにも古いビジネスモデルになったと感じる。現在の同社の収益構造は、元CEOの平井一夫氏が進めていたリカーリングビジネス(ひとつの商品から継続的に利益を生み出すビジネス)になってきている。ハードビジネスの影響を受けずに、低単価で安定的な収益を生み出すビジネスモデルに変わりつつあるのだ。 いわゆるサブスクリプションサービスで成長するということは、同社(正確にはソニー・インタラクティブエンタテインメント)が、ゲーム事業では一般(マス)向けに注力するしかないことを示唆している。サブスクサービスは、ゲーム機の売り切りよりも購入単価が低くなるため、加入者の絶対数が多くないとビジネスを維持できないからである。その結果、次世代機の「PS6」は小型・軽量かつ中性能のゲーム機らしいデザインになると筆者は予測している。「PS6」が、ゲームのコアユーザーが求める優越感を必要としない、一般向けビジネスを志向するならば、同社は2020年代後半に、さらに収益基盤を拡大できるだろう。 「PS」のビジネスが性能を追わないことで成長できると現時点で予測しているのは、筆者だけではないだろうか。任天堂 <7974> の「スイッチ(Switch)2」との激突がさらにゲーム市場を広げることになろう。 ●映画や音楽も好調、だが「鬼滅の刃」効果は限定的、トランプ関税の影響は? また、孫会社にあたるアニプレックスは映画で連続してヒットを出しているほか、スマートフォン(スマホ)ゲーム『FGO(Fate/Grand Order)』も10年以上のサービス期間を経て、依然として好調を維持している。さらに音楽事業も貢献している。同社は楽曲の配信権を多数有しているので、サブスクで再生されるだけで、収益が生み出されるのだ。 これらソニーグループの現在の事業から見えてくるのは、平井氏が導入した「リカーリングビジネス」という戦略が、今の同社の好調を生み出しているということだ。なお、大ヒットしている映画『鬼滅の刃』最新作の収益貢献は第2四半期になるだろうが、同グループの収益規模は10兆円を超えており、相対的な収益への寄与度は限定的だろう。 ここでトランプ関税の影響についても触れておく。米国で「PS5」の値上げが実施された。ソニーグループの発表資料では、今回の値上げの理由を「厳しい経済環境のため」としか明記しておらず、「苦渋の決断」としている。言うまでもなく、筆者はトランプ関税の影響が大きいと見ている。米国は非常に強い需要のある市場なのだが、その分、価格感応度の高い市場としてメーカー側では認識していることが多い。ゲーム機ビジネスは薄利多売となることが多いので、関税の実施はメーカーには許容できなかったのではないだろうか。 インフレで半導体や金属など多くの素材の価格が上昇するなか、「PS5」は499ドルの価格を維持してきたが、中国から移管した生産地である東南アジアに対する追加関税が20%以上となると、値上げせざるを得なかったのだろう。筆者は価格と販売の相関性は小さいと見ているので、大きな影響は想定していない。しかしトランプ氏の関税攻勢によって、各メーカーが価格転嫁せずに耐えるという選択肢は現実的ではなくなってきた印象があるので、今後、各所で価格転嫁が少しずつ進むことになろう。 ●中華系メーカーの後塵を拝するスマホゲーム各社 次にスマホゲーム関連だが、今回はコロプラ <3668> に注目したい。同社の2025年9月期第3四半期(4-6月期)は赤字決算となった。現状の投資規模では、もはやスマホゲームではヒットが生み出せないのである。同社によると、第4四半期は『ドラゴンクエストウォーク』の周辺イベントもあるので利益を上げられるという想定のようなのだが、再成長への道筋は見えていない。 現在のゲーム業界では、中華系のゲームメーカーが100億円単位の巨額投資で大量にキャラクターを追加してくるのに対して、多くの日系メーカーはゲーム性の変化で対抗しようとしている。しかし、かねてから筆者が指摘しているように、人間は変化を嫌がっており、「ガチャを引く楽しみ」からの変化は願っていないのである。中華系メーカーは、ヒットしたゲームの"萌え系"のキャラクターを中心に、巨額の資金を投じて模倣することで、さらに大きな収益を得るというビジネスを展開している。日系メーカーは、ここで大きく後れを取ってしまっているのだ。 これは、いわゆる"パクリ批判"を恐れてのことだと思うのだが、「学ぶ」の語源は「真似ぶ」からきている。本来、模倣自体は、決して悪いことではないのだ。そのうえで、そこからさらに独創性を生み出せればよいのである。 日本のスマホゲーム会社も、投下資本量(開発費)が大きくないと成功できないことは理解しているだろう。だが、失敗したときの損失が大きすぎて責任を取りたくないという心理が働いており、巨額投資に二の足を踏んでいるように見える。 もし、高品質で面白いゲームをつくって、本気で売ろうと思うなら、1ゲーム当たりの開発費は200億円ぐらい必要だろう。この点は経営者ならよく理解しているはずだ。だが実際には、それができない。一方、中華系のゲームが今、ヒットしているのは、より積極的にリスクを取るからだ。コロプラやガンホー・オンライン・エンターテイメント <3765> など、日本の大手スマホゲームメーカーの売上高が減少しているのは、このあたりにも要因がありそうである。ぜひ、奮起してもらいたい。 スマホゲーム関連ではカヤック <3904> の決算も発表された。広告単価が安定したことで、一時期のハイパーカジュアルゲーム主体の事業構造から比べると、同社の収益の変動幅は小さくなっている。だが、ここで取り上げた理由は、eスポーツにある。同社のeスポーツ事業は、一時期、メタバースとともに将来性が持てはやされていたが、現時点での興行的な成長は想定を下回っている。 このため今後は興行だけでなく、中華系ゲームのマーケティングにも注力するとしていた。具体的にはインフルエンサーを活用していきたいとのことであった。筆者は学生に講義することがまれにあるのだが、若い学生に聞くと、誰もテレビなどは見ず、動画配信に時間を割いているそうだ。インフルエンサーと呼ばれるユーチューバー、Vチューバーの価値が、従来の想像を超えて高まっているように感じていたので、同社の戦略は理にかなっていると言える。 ●万博効果で絶好調続く、関西鉄道業界 最後に関西の鉄道各社の動向を見てみたい。大阪・関西万博関係の輸送が先月に引き続き好調だ。近鉄グループホールディングス <9041>の26年3月期第1四半期は、万博輸送を中心に名阪間の移動が大幅に増えたことで増収増益となった。今のところ、同社の通期は経常減益計画だが、万博効果でかなり盛り返すことができたのではないだろうか。同社は名阪特急に「ひのとり」を投入しているのだが、期間限定で万博専用の夜行列車を走らせたこともあって、物販も含めた売り上げが想定を上回り、会社が計画した万博関連売り上げ125億円を7月までに達成したとのことである。 万博効果で宿泊単価も高騰しており、鉄道会社の関西におけるホテルADR(客室当たりの平均単価)が2万円を超えるような状況になっているようだ。宿泊費を節減するためにも、近鉄の夜行列車は良いアプローチだと思う。夜行寝台特急はJR西日本 <9021> が運行しているが、JR東日本 <9020> も復活を狙っているという。「ひのとり」の成功は、夜行列車復活のきっかけとなるかもしれない。 近鉄の調子がここまで良いと下期の反動減を心配してしまうが、先日、11月から志摩スペイン村で、ANYCOLOR <5032> が運営するVチューバーグループ、「にじさんじ」所属の周央サンゴさんによるイベント開催も決まった。これでコラボは3回目になり、秋の観光シーズンと相まって大いに話題を集めるとともに、集客にも貢献するだろう。 また、南海電気鉄道 <9044> の26年3月期第1四半期決算も増収増益となり、通期計画も上方修正された。大きな要因は鉄道輸送である。空港線の大部分を占める定期外の旅客収入が前年同期比11.9%も伸びているのだ。円安を背景に、観光地が多い日本に多くの外国人観光客が訪れており、関西国際空港の利用客が増えている。そして万博である。JR西日本の特急「はるか」と比較しても、東アジアからの訪問客が多い大阪・ミナミの難波を発着点とする南海電鉄に優位性があると考えている。 さらに2031年春には、なにわ筋線が開業予定だ。これは南海電鉄の新今宮駅から南海新難波(仮称)駅を経て、JR大阪駅までを結ぶ新線で、完成すれば南海電鉄は大阪・キタにも進出を果たすことになる。まだ正式には決まっていないが、報道では新大阪まで乗り入れるとされているので、実現すれば、新幹線と関西国際空港を最短距離で結ぶ路線が誕生することになる。地理的な優位性を高めれば、大阪以外では知名度が低い同社にとって、大阪ローカルから、一躍、全国区の知名度を獲得するビッグチャンスとなるだろう。その時に向けて、マーケティングの準備を進めてもらいたいものである。 26年3月期第1四半期は、総じて業績がいま一つの企業が多く心配されたが、コンテンツ系や関西の鉄道セクターは好調だった。今後もトランプ関税の影響が懸念されるものの、個人的にはとりあえず一安心であった。ただ、第2四半期はカムチャツカで発生した地震などの影響もあると思われる。今後も注視したい。 【著者】 安田秀樹〈やすだ・ひでき〉 東洋証券アナリスト 1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。 株探ニュース