安田秀樹【トランプ関税、Switch2、関西万博効果…各社決算で見えてきたもの】
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●信越化学はネガティブ・サプライズ 今回は、8月初旬までに2026年3月期第1四半期決算発表をした企業の動向を中心に紹介したい。まずは信越化学工業 <4063> である。同社は建設向けに使われる塩化ビニール樹脂や半導体の材料であるシリコンウェハをはじめとしたさまざまな製品を手掛けている。同社は期初に26年3月期の業績予想を開示しておらず、今回の決算で初めて公表されたのだが、アナリストのコンセンサスを大きく下回る内容だった。 塩ビ市況の悪化によるものと説明があったが、過去には市況が悪化しても業績はカバーできることが多かったので、この事業計画は投資家にはかなりのネガティブ・サプライズだったようだ。ただ、シリコンウェハについては依然として在庫は多いものの、販売は堅調に推移したようである。前四半期比では業界平均を上回る伸びとなったようなので、回復傾向にあるとしていた。 半導体産業はエヌビディアのAI(人工知能)用チップが好調に推移しているので、メモリーなども含めて堅調である。一方、これら以外の自動車やスマートフォン向けはまだ本格的な回復は見られないようである。韓国・サムスン電子が投入した薄型折りたたみスマートフォンや、今秋にも登場するだろうアップル の新型「iPhone」の動向が注目される。 この他、キヤノン <7751> は法人向けのビジネスでトランプ関税により企業投資が抑制されている影響が出たとして、25年12月期通期の業績予想を下方修正した。野村総合研究所 <4307> の決算説明会でも、海外の顧客で同様の事例があったことが報告されていた。日本、EU(欧州連合)など一部で関税の問題はいったん決着したものの、トランプ米大統領の言動が頻繁に変わることもあって、法人の設備投資には先行き不透明感が残っているふしがある。 ●バンダイナムコはガンダム効果で増収増益 次にゲーム関連だが、バンダイナムコホールディングス <7832> の26年3月期第1四半期決算は、「機動戦士ガンダム」シリーズの最新作、「機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)」の放送が始まった効果もあって、ガンダム関連のIP(知的財産)売上高が654億円と大きく伸び、増収増益となった。同社による従来予想では、上期(25年4-9月)計画が減収減益だったため悲観的な見方もあったと思うが、完全に打ち消した格好である。 上記のアニメ効果に加え、大阪・関西万博でのガンダムパビリオンの展示による世界的な知名度の向上もあり、ガンダム・ビジネスは絶好調である。このままいくと同社のIPは、年間2000億円ぐらいの売り上げになりそうな勢いがあると見ている。また、7月にガンダムのカードゲームを投入しているので今後の動向に注目したい。 ただしトランプ関税の影響で、一部品目の出荷を止めるなど影響が出てきており、第1四半期で10億円、第2四半期20億円、上期計30億円の利益減少要因になっている。この先を正確に予想することは困難だが、価格転嫁を選択しないと影響は多少出てきそうである。 カプコン <9697> は大幅増収増益だった。同社のアクションゲーム、「デビルメイクライ」のアニメ番組がネットフリックス で配信されたことをきっかけに、19年発売の「デビルメイクライ5」が3カ月で178万本の販売と、人気が再燃したことが寄与している。アニメや映画とゲームの相乗効果は長らく見られなかったのだが、23年に公開された任天堂 <7974> の「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」あたりから再び効果が表れるようになってきた。今後が楽しみである。 25年2月に発売され、期待されたゲームソフト、「モンスターハンターワイルズ」は会社計画(非開示)を下回っており、これに関しては経営も含めて反省し、できるだけ早く対応したいとの説明があった。これだけいろいろなネガティブニュースが話題になるのは、同ゲームソフトに対する人気の裏返しだと思っているので適切な対応を期待したい。 ●任天堂は「Switch2」の大ヒットで前世代の「Switch」ソフトの販売も活性化 そして任天堂である。同社の26年3月期第1四半期決算は売上高が大きく伸びる一方、営業利益は小幅な伸びにとどまった。「Switch(スイッチ)2」ハードの世界販売が絶好調な半面、日本では採算が悪いこと、トランプ関税の影響を受けたことが要因のようだ。第1四半期の営業利益が低いことはある程度想定されていたこともあって、サプライズはなかったと考えている。 「Switch2」ソフトは6月末時点で867万本の販売本数となったが、これによって「Switch」ソフトが活性化した面もあるとしており、合算して方向性を見てほしいとのことであった。むしろ、ハード販売が絶好調なので、今後はハードにけん引される形でソフト販売も大いに伸びるだろう。ハード販売はデザインとスタイルで決まる、というハード主体論に基づいた筆者の予測は正確だったと認識している。 岩田聡氏(元・任天堂社長)が亡くなる前に、筆者は質疑応答の場でソフトがハードをけん引しているのかを尋ねたことがある。同氏は非常に論理的な考えを持った経営者で、「山内(溥氏=元相談役で同社中興の祖)が話した通りだ」と語っていたのが印象的だった。その際は明確な回答を得たわけではなかったが、柔軟な考えを持った方だったので、ソフト開発者としての考えを通したのかもしれないし、筆者の意見に賛同してくれたのかもしれない。今、改めて思うのは、筆者のハード主体論について、より明確に岩田氏に聞いてみたかったということである。 岩田氏は、亡くなる直前まで任天堂がすべきことを病室で話していたとのことで、将来を大変心配されていたのだろう。私もその無念さが痛いほどよく分かるので、任天堂に対して思ったことは率直に言うようにしている。岩田氏には遠く及ばないが、研鑽の成果でできることがあると思っているからだ。 それにしても、岩田氏のことを書くと、物腰の柔らかい受け答えや葬儀まで思い出されて感傷的になってしまう。筆者でそうなるということは、任天堂社内では、2015年7月の同氏の急逝は、まだまだ身近な出来事に感じるのではないだろうか。 ●関西万博効果を享受する鉄道会社 次に鉄道業界である。前回指摘した万博効果は、やはり予想以上のインパクトで推移している。JR東海 <9022> は26年3月期第1四半期決算会見で、万博輸送の効果については開催期間中(4月13日~10月13日)の想定200億円の増収計画に対して、第1四半期(6月30日)時点ですでに140億円に達したことを明らかにした。 インバウンドを含め交通流動が活発化しており、JR東海の第1四半期決算は営業利益が過去最高になっている。東海道新幹線は東西間の移動の要であり、この路線による移動が活発化していることは経済の動向を映す鏡でもある。万博効果もあり、国内についてはかなり経済が活性化しているように見える決算だったと言えるだろう。 阪急阪神ホールディングス <9042> は26年3月期の通期計画を上方修正しており、万博の好調を一因として挙げている。万博関連の増収効果20億円という従来の計画をすでに第1四半期だけで達成し、今期の同増収効果を40億円に上方修正している。 一方、JR西日本 <9021> は万博による交通流動量は想定を下回ったとしていた。ただ、これは長距離中心の想定をしていたのに対し、実際には近畿圏の流動が多かったことに起因するものと説明しているので、全体で見れば万博による輸送量は想定通りのようである。 ●円高で減益も計画進捗は順調な村田製作所、TDK 最後に電子部品業界だが、26年3月期第1四半期の村田製作所 <6981> 、TDK <6762> は対前年同期比で営業減益、太陽誘電 <6976> は営業増益という結果だったが、期初見込みと比較すると、各社とも総じて進捗は順調だった。村田製作所の第1半期は、中国市場でスマートフォンの販売が好調だったことやAI関連が順調だったことを受けて、積層セラミックコンデンサの販売などが社内計画に対して良かったとしていた。TDKも小型電池が順調に伸びたようだ。 年間の計画を変えていないので下期には調整が入る前提にも見えるが、現状、AI関連は堅調に推移していることに加え、新型「iPhone」も例年通り発売されるはずなので、下押しする要素は少ないように思える。トランプ関税が懸念されてはいるが、関税の影響は電子部品よりも最終製品に関わる部分が大きいので、最終製品の製造計画に大きな変更がなければ、このまま順調に推移していくと見ている。 なお、AIは使われている業界や内容が見えにくく、実感しにくい面もあるが、着実に使われるシーンが増えているようだ。100年後がどうなるかは想像できないが、日本はあと20年ほどで急激な人口減に直面すると予測されている。AIの活用は急務となろう。 執筆時点(8月8日)では、今回の決算シ-ズンの前半が終わったところだが、ここまでで感じるのは、企業ごとの立ち位置によって決算結果に大きく差が生じたということである。来月は今回紹介できなかった決算シーズンの後半に明らかになった各企業の動向について紹介したい。 【著者】 安田秀樹〈やすだ・ひでき〉 東洋証券アナリスト 1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。 株探ニュース