安田秀樹【大ヒット「Switch2」の価値を維持するために任天堂に求められること】

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コラム

●大人向けカードで期待が高まるハピネット

 今回はここ3カ月、筆者が取材で回った会社で、面白いと思った会社をいくつか紹介したい。最初に紹介したいのがハピネット <7552> である。同社は玩具の卸売りを主力としているが、現在はハイターゲットと呼ばれる大人向けの商材が収益を伸ばしている。

 『ポケットモンスター(ポケモン)』(任天堂 <7974> 、株式会社ポケモン)や『ワンピース』(バンダイナムコホールディングス <7832> )のカードゲームはゲームとして遊ぶだけでなく、高年齢層ではレアカードを含めたコレクション目的の購入が多いと聞く。特にポケモンのカードゲームは誕生して30年近い歴史を持っており、初期のレアカードは高額で取引されるまでになっている。年齢層も発売開始時の子供たちはすでに成人し、親子でポケモンを楽しむほどになっている。カードゲームも同様で、年齢層がどんどん拡大しているのである。

 ハピネットは1年単位で商材が大きく入れ替われる子供向けの玩具から、このようなハイターゲット向けに商品構成を変えてきている。ハイターゲット向け商品は購入単価が高く、在庫リスクも低い。こうした商材が増えることで急成長を遂げているのだ。玩具が子供向けだったのは、もう過去の話なのである。

 同社の26年3月期業績予想では、カードゲームビジネスの成長鈍化を想定していることや、任天堂の「ニンテンドー スイッチ2(Switch2)」の動向が発売前の期初計画時点では読めなかったため、今期は大幅に成長が鈍化する見通しになっている。だが前回のコラムで述べた通り、「Switch2」は大ヒットし、カードゲームブームもいまだ収まっていない。さらにバンダイナムコ・ブランドで展開しているカプセルトイ事業も、米テキサス州で展開している大型店が好調で、国内中心のビジネスからも脱却できそうな点はとても楽しみだ。

●万博効果とコンテンツ連携で楽しみな鉄道セクター

 次に鉄道業界である。鉄道株はここ1年ほど株価が低迷している。その理由は様々だが、業績自体は堅調に推移している。特に筆者が普段から見ている西日本の鉄道会社は、多くが大阪・関西万博の恩恵を受けているようである。

 事前に報じられていた万博のネガティブなニュースから、うまくいかないと思っていた方も多かったと思われるが、阪急阪神ホールディングス <9042>の阪神なんば線や、万博会場への直通もある近鉄グループホールディングス <9041> 、関西国際空港からのアクセスを担う南海電気鉄道 <9044> といった直接関係のある路線だけでなく、JR東海 <9022> 、JR九州 <9142> の新幹線にもプラス効果が出ているとのことで、ちょっとしたサプライズになり得る。人間は悪いニュースを好む傾向があり、逆に拡散することで多くの人が集まるだろう、と筆者は予測していた。この上半期は万博効果が注目されることになろう。

 さらに近鉄グループは、万博輸送に関しては名阪間の特急を増発したほか、万博会場で展開している物販が想定を大きく上回っているという。筆者も会場で閉場間際に物販を体験したが、同社の物販の凄さは在庫の供給力にあると感じた。閉店間際にもかかわらず、バックヤードからどんどん店頭に在庫が補充されているのである。人間は限定品や旅行など特別な体験時に財布のヒモが緩くなることは、行動経済学でも知られている。

 阪急阪神HDは、同社が出資し、阪神タイガース、宝塚歌劇団を中心に活動を続けるエンターテインメント企業、THINKR(シンカー)のKAMITUBAKI STUDIO(かみつばきスタジオ)が手掛けるテレビアニメ、『神椿市建設中。』が7月3日から放送されている。かねてからコンテンツ事業を強化するために投資を続けてきた同社の成果と言え、長期的にはアニメ番組が蓄積され、ストリーミング配信で収益化されることが期待される。

 また、JR九州の駅ビル「JR博多シティ」に、2025年末から任天堂直営のオフィシャルストア「Nintendo FUKUOKA」が出店されることが決まった。6月に移転したポケモンセンターの後継テナントになるが、任天堂のIP(知的財産)は多様かつ強力で、現在、任天堂オフィシャルストアがある渋谷、大阪、京都へのアクセスが距離的に難しい九州、山口県からの来客が増えれば双方に大きなメリットがあるだろう。

 これらのことで筆者が感じるのは、エンタメなどのコンテンツ産業が大きくなってきたという実感である。先日、日本経済新聞(6月30日付)もエンタメ主力9社の時価総額が自動車主要9社を上回ったと報じていたが、今後もコンテンツ産業と異業種のコラボレーションはますます進むだろう。

●シャープはVチューバーとのコラボモデルの空気清浄機が好調

 家電・電機セクターではシャープ <6753> を取り上げたい。ホロライブプロダクション所属のVチューバー、さくらみこさんとのコラボモデルの空気清浄機が投入され、大変な人気になっている。しかも元になった空気清浄機に音声など付加価値を付けたことで価格は高くなっているにもかかわらず、である。シャープから明確な数字は公表されていないが、販売サイトを見ると5~6カ月待ちと相当な人気になっているようで、同社でもこれほど人気になるとは思っていなかった様子がうかがえる。

 Vチューバーは若い世代に人気だが、いわゆる“推し活”に対する需要動向は読みにくい面がある。だが今後も伸び続けるとなると、ゲーム産業に続いてコラボできる余地はいろいろな産業で出てくる可能性が高いだろう。

 ソニーグループ <6758> は事業説明の動画を自社サイトに掲載した。サプライズがあったわけではないが、同社の方向性が少し変わりそうな雰囲気である。筆者の取材に対して、今後「プレイステーション5(PS5)」と「Switch2」のマルチタイトルが増えるだろうとしている。これがどの程度正しいかは筆者には分からないが、事業説明動画でもマルチタイトルによる競合の激化を問われている部分があった。

 また、ライブサービスゲームの『ヘルダイバー2』を「Xbox」シリーズ(マイクロソフト)に提供することも発表されている。筆者はハードが売れた結果、ソフトもたくさん売れる、つまりゲームソフトの販売状況は主にハードの状況が大きな因果性を持つとの立場である。であるならば、ソフトをたくさん売るにはすべてのハードに提供した方がいいのは当然なので、ソニーグループの行動は徐々に適正化している、と見ている。

 もう1社、エイチームホールディングス <3662> も紹介しておきたい。以前はスマートフォンゲーム事業を中心としながらも、引っ越し業者の価格比較サイト「引越し侍」やブライダル事業なども展開するユニークな会社であった。だが最近は「売上向上支援カンパニー」を目指すとして、M&A(合併・買収)などで業容の拡大を図っている。

 筆者はゲームセクター担当なので詳細を理解しているわけではないが、スマートフォンゲーム市場の衰退、コロナ禍でのブライダル産業の衰退といった変化に対応し、業容の拡大を目指すことはいいことだと思う。問題は「売上向上支援カンパニー」というのが何なのか見えにくいことだ。株主優待施策も悪いとは言わないが、まずは何をしている会社か見える状況にすることも必要だと思うのである。時価総額の大きい会社は、何をしているかが分かりやすい会社であることが多いからだ。

●任天堂・古川俊太郎社長との面談で感じたこと

 最後に7月初旬に任天堂の古川俊太郎社長と面談する機会があったので、その際の模様にも触れてみたい。古川社長は大した話はできないと謙遜していたが、筆者にもいろいろと質問もいただいたし、筆者も自分の考えは説明できたと感じている。

 ポイントとしては、任天堂社内では「Switch2」が売れることはある程度予想していたからこそ、大幅に増産して発売したものの、需要がそれ以上に増えていたことであろう。古川社長もこの点に困惑しているように見えた。それでも不安は尽きないもので、古川社長は需要が前倒しになっているのではないかと懸念していた。つまり最終的な需要は前作「Switch」の1.5億台からは変わっていないのではないか、という懸念である。

 これは“杞憂”と言っていいと思う。多くのゲームユーザーにとって、コロナ禍で「Switch」の良さを知ってしまったからこその「Switch2」のヒットであり、より一般化したことでこの任天堂のゲーム機は、iPhoneのように持っていないことが損だと感じるアイテムに昇華したのだ。筆者はライフサイクル全体で、「Switch」の1.5億台を大きく上回る台数になると予想している。

 故・岩田聡氏(任天堂元社長)はソフトの価値の維持を熱心に説いていた。古川社長は面談でもソフトの価値について筆者に問いかけていたので分かっているはずである。であるならば、需要の減少を心配するより、「Switch2」の価値を維持することに努めるべきだ。商品には時の経過とともに固有の減衰率が発生し、それを防ぐためにはマイナーチェンジやカラーバリエーションによってハードの価値を維持する必要がある。

 「Switch」が長期間売れたのはソフトではなく、ハードの価値を長く維持できたからである。「Switch」のディスプレイを刷新したOLED(有機発光ダイオード)モデルの成功を忘れないでほしいものだ。今後は全力でハードの価値維持に注力すべきなのである。


【著者】
安田秀樹〈やすだ・ひでき〉
東洋証券アナリスト

1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。

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