過熱感なき上昇相場、有効なのはAI銘柄への順張り戦略<大山季之の米国株マーケット・ビュー>

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コラム

◆電撃停戦合意だけではない、株価上昇の背景にある企業業績の再評価

 アメリカの電撃的なイラン核施設への攻撃、事前通達の上でのカタール米軍基地へのミサイル報復を経てイスラエルとイラン両国による停戦合意。先週、世界を驚かせた一連の流れを受けて米株式市場は、S&P500種指数、ナスダック総合指数など、主要株価指数が揃って高値を更新し、一気にリスクオンが進んだ。

 これまでとかく賛否の議論を呼んできたトランプ外交だが、第1期トランプ政権同様に「アメリカ・ファースト」の姿勢を貫き、親イスラエルの立ち位置は明確にしつつ、とは言え結果的に中東への深入りを避けることに成功した。なぜ、今回これほどうまくいったのだろうか。この要因を紐解くと、バンス副大統領の「我々はイランと戦っているのではない。イランの核開発計画と戦っているのだ」という発言に尽きるのではないだろうか。そもそもトランプ政権は他国の紛争介入には消極的だった。共和党内部の意見もあり、深入りしたくないという本音が前提としてあり、介入せざるを得ないとするなら極力、時間をかけたくなかったはずだ。アメリカはもちろん、イスラエルやイランにとっても、どこかで着地点を探っていたはずで、それがバンス発言に要約されるアメリカのスタンスによって、かろうじて妥協点を見出すことができたのではないだろうか。

 もちろん、マーケットも事態の長期化だけは避けたかったはずで、先週の株高は当面の不安が消えたことがきっかけになっていることは確かだ。だが背景には、米国企業の業績の再評価が進んでいたということもある。シティグループが週次で開示しているリビジョン・インデックスは、トランプ関税が発動された4月とは一転して、5月に入ってからはプラスに転じている。リビジョン・インデックスは株価の先行指標として市場関係者が重視する指標だが、ここにきてアナリストによる企業業績予測の上方修正が相次ぎ、下方修正した企業を上回るようになってきたのだ。

 6月25日(現地時間)に発表された投資銀行、ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループの2025年3-5月期決算でも、3月、4月には低迷した業績が、5月に入って急回復しているという。JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックス・グループなどの大手投資銀行も、業績好調だと推測できるとの思惑で、株価は上場来高値を更新し続けている。これら投資銀行各社の動きを見ると、トランプ政権の不確実性によってフリーズしていた投資案件が、5月以降、明らかに再始動しているのが分かる。追加関税の延長措置や米中間の関税引き下げなどによって、ファンダメンタルズ面で少しずつ霧が晴れ始めていたところに、今回のサプライズ的な停戦合意が加わり、一気に前方の視界が開けた、といったところではないだろうか。加えて、この四半期の相場変動だ。ボラティリティ(株価変動率)の高さは彼ら大手行のガソリンみたいなもので、それを考慮すれば、大手行のトレーディング収益は一気に拡大したのではないだろうか。

◆企業再評価の最も大きな要因は、AI関連産業全般の活況

 では株高を呼んでいる企業業績についても少し詳しく見てみよう。まず1つ、明らかになってきたのは、AI(人工知能)関連、いわば生成AIバリューチェーン全体で企業業績が好調なことだ。エヌビディアはもちろん、ブロードコム、マイクロン・テクノロジー、アドバンスト・マイクロ・デバイセズといったAI半導体企業が軒並み、足もとで再評価されている。これはAIイノベーションの流れが、従来の学習から推論のステージに入っていることを示しているのではないだろうか。

 まず、久々に最高値を更新したエヌビディアに関しては、一時は対中規制強化による営業利益率の鈍化が懸念され、上値が重い状態が続いたが、ここに来て、前回の四半期決算(25年2-4月期)発表時にジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)がガイダンスした通りの営業利益率改善が明らかになり、株価にも織り込まれ始めた。同社のこれまでの株価の推移を改めて見ていくと、営業利益率の改善とともにアナリストが目標株価を引き上げ、実際に業績が上方修正されてEPS(1株当たり純利益)が上昇し、その後に株価が上昇するという“順張り”の好循環を実現してきた。

 先日、ループ・キャピタルのアナリストが同社の目標株価を175ドルから250ドルに引き上げて話題を呼んだが、これは極端な例としても、現時点の同社の動きを見ていると、このサイクルはまだ継続しているように思う。中国製AI「ディープシーク」登場以降、同社には成長の限界を危惧する声も聞かれた。実際、前回のコラムでも述べたが、大手機関投資家たちは今年前半、同社の保有比率を引き下げることによって、運用しているファンドのパフォーマンスは一定の成果を上げてきた。だがAIバリューチェーン全体の投資が活発に推移し、同社の株価が復調したいまとなっては、ベンチマークの株価指数をアウトパフォームするため、機関投資家たちは時価総額の大きな同社の保有比率を高めないわけにはいかない。いまの相場が続くなら、今後も、機関投資家から同社への資金流入は続くのではないだろうか。

 さらにAIバリューチェーン全体では、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、アルファベットなどのハイパースケーラーの大型投資は依然として旺盛で、SAP、オラクル、IBMなどAIを企業のサービスに落とし込むシステムインテグレーター各社の受注残も増え続けている。データセンター、オンプレミス(ITインフラの自社運用)ともに、産業界全般でAI投資はさらに活発になっているのだ。

 特に注目したいのはIBMの今後だ。同社は言うまでもなく、100年の歴史を持つ、コンピューターの老舗企業だが、2010年代以降の株価の推移は、アナリストたちが目標株価を引き上げるも、業績が追いつかず、失望売りで株価が下落するというサイクルを繰り返してきた。それがこの2年、明確な上昇基調に転じている。AI革命の進展がソフトウェアに移った現在、今度こそ業績、株価ともに本格的な成長局面へと脱することが期待できるかもしれない。長年、業績が低迷していた同社の今後は、AI革命の進展を表すバロメーターとも言えよう。

 そうした流れの次には、原発建設のスタートアップ企業との大型契約が報じられたパランティア・テクノロジーズ、スピンオフ銘柄の本命、GEベルノバなどのエネルギー企業がある。さらにアドバンテスト <6857> 、ディスコ <6146> 、SCREENホールディングス <7735> といった半導体製造装置メーカーにも恩恵をもたらす。このように学習から推論への移行によって、AIバリューチェーンのすそ野が広がり続けていることが、足もとの米国企業再評価の最も大きな要因なのだ。

◆「AIが社会をどう変えるか」を実証する4つの企業例

 学習から推論へと移行するAIイノベーションの進展を分かりやすく示す好例が、宿泊予約サイト「ブッキングドットコム」を運営するブッキング・ホールディングスだ。この数年のAIブームの中で、「果たしてAIは社会を本当に変えていくのか、本当に良くすることができるのか」という疑問の声が絶えず上がっていた。その疑問に答えるのが同社の実例だ。先日、同社のAI開発責任者、アドリアン・エンギスト氏が来日した際、非常に興味深い話をしていたので紹介したい。

 同社が同じく宿泊予約サイト大手のエクスペディア・グループと共同で発表したレポートによると、旅行を計画するユーザーは宿泊予約をするまでに平均で45日間の日数をかけ、141のウェブサイトを閲覧し、合計で5時間を情報収集に費やしているのだという。彼女曰く、旅行者が宿泊サイトに求めるものは、「より安く」「より簡単に」「より早く」の3要素。これまで旅行者は、旅行の準備段階で、それだけの時間と労力をかけていたのだから納得できる話だ。

 ところが同社がAIを導入して強化したリコメンデーション(おすすめ)機能を使えば、簡単なワードを入力するだけで、宿泊のみならず、あっという間に利用者一人ひとりに最適な旅行プランを紹介してくれるという。例えば、ユーザーが幼い子を抱えた若い家族であるなら、航空券を取る際には、ベビーカーが置ける席を案内し、アクティビティやレストランなどでも、子ども連れに最も適したプランを紹介してくれる。一昔前なら、こうした旅行に関する様々な手配は、日本ならJTBやエイチ・アイ・エス <9603> 、アメリカならアメリカン・エキスプレスのトラベルデスクなど、旅行代理店が行っていたが、それをAIが代わりに行うわけだ。利用者の潜在ニーズが高いサービスが、AIによって劇的に進化しているのが分かる。

 AIの実践例と言えば、映像制作分野も分かりやすい。世界最大手の動画配信企業、ネットフリックスや、ユーチューブ(YouTube)などを舞台に没入型の3Dゲームコンテンツを制作するロブロックスなどは、AIを最大限に活用している企業の代表格だ。マーケットもその点を評価し、業績好調のネットフリックスはもとより、ロブロックスは赤字決算ながらも高値を更新し続けている。逆に意外とマーケットの評価が低いのが、クリエイター向けの画像制作ソフトを提供するアドビだ。同社の評価が低いのは、AIの発展によって競合リスクが高まることを懸念しているのかもしれないが、売上高の95%以上をサブスクリプション収入が占めている同社のビジネスモデルを考えれば、過小評価されている気がする。

 もう一つ、余談になってしまうかもしれないが、LGBTのコミュニティ・サイトを運営するグラインダーの例も挙げてみたい。同社のユーザーには旅行者同様の、いやそれ以上の切実なニーズがある。彼らのコミュニティでは、「ネイバーフッド」ならぬ「ゲイバーフッド」という言葉があるそうだが、同好者同士のマッチングの精度向上に、AIが威力を発揮しているのだ。あえてこの企業を紹介したのは、このようにAIによって社会の切実なニーズを満たすだろうサービスは、社会の様々な場所に存在し、いまも広がり続けているということだ。これらの企業の動きからあらわになってきたのは、AIの長期的なムーブメントはまだ始まったばかりで、社会の各分野に浸透していくのはこれからであるという事実だ。

◆今後の焦点は米財政問題に回帰、FRBはどう動くか

 このように企業業績の再評価が進む米国株市場だが、地政学リスクが後退したいま、マーケットの関心は、米財政問題に移っている。関税交渉にせよ、減税法案にせよ、財政の大きな課題は何一つ解決されていないからだ。

 いま、追加関税延長措置の期限を迎える7月9日を前に、トランプ大統領が進める大型減税法案、いわゆる「OBBB(一つの大きく美しい法案)」が米議会で審議されている。6月4日に米議会予算局が試算した資料によると、現段階で1兆8000億ドル超の財政赤字を抱える米政府にとっては、減税法案が通過し、何もしなければ10年間でさらに2兆4000億ドルの財政赤字が生じる。ところが、ここにトランプ政権が打ち出した高関税政策が実施されれば、2兆8000億ドルの赤字が圧縮されるという。この資料では詳細は触れられていないが、試算には延長措置で停止している追加関税分も含まれているようだ。つまり、法案の財源となる追加関税については、減税を実施するとすれば、このまま引っ込めるわけにはいかないのがトランプ政権の内情なのだ。

 「TACOトレード」に慣れたマーケットは現時点では反応していないが、今後の最大のリスクがこの問題であることは確かだろう。だからこそ、トランプ大統領がFRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長に圧力をかけ、利下げを要請しているが、これは巨額債務の利払いを抑えたいという本音があるからだ。だが、関税の影響が読めないとしてパウエル議長は簡単には圧力に屈しない。早期利下げを示唆するウォラー理事やボウマン副議長ら、FRB議長の後任人事が取り沙汰されている所以だ。

 確かに現時点では企業も在庫を積み増したり、サプライチェーンで関税分を吸収したりしているため、パウエル議長が発言するように関税の消費者への影響は7月以降になってみないと読めないかもしれない。景気も雇用も現時点では堅調で、市場関係者の間では年内に利下げはないかもしれない、という意見さえ出ている。だが、関税を巡るトランプ大統領とパウエル議長のやり取りを見て、ここにきて改めて感じるのは、ひょっとしたらトランプ大統領に理があるのではないかということだ。

 というのも、関税は物価を押し上げるという意見が大勢を占めているし、パウエル議長もそれを危惧しているが、関税の導入で消費が抑えられ、景気を冷やすという効果もある。実際、消費者の消費行動にも変化が表れていて、ディスカウントストアのダラー・ジェネラルやダラー・ツリーの株価が絶好調なのは、関税を前にした消費者意識の変化を受けてのものだ。関税によるインフレが進行するのはこれからかもしれないが同時に、過剰在庫を抱える中国が安い商品を大量に輸出しているし、消費者心理の変化など、デフレを促す流れも進行している。それらを勘案すると、7月の利下げ開始は時期尚早だとは思うが、現在マーケットが予測している9月から最低年2回の利下げが妥当なセンなのではないだろうか。

 つまり現在の株高は、トランプ政権の手元にある3枚のカード、「規制緩和」、「大型減税」、「利下げ」を温存した状態で実現していることになる。では今後、米国株市場は大きな調整なく上昇していく可能性はあるのだろうか。ここで興味深いのはAAII(米国個人投資家協会)によるセンチメント調査の結果だ。それによると、いまの相場に対して、投資家たちは楽観視していないという。企業業績への再評価が土台となって、じりじりと株価が切り上がっているが、悲観と楽観が織り交ぜられた過熱感のない上昇相場だから、ある意味では理想的な展開でもあるのだ。

 今後は7月中旬から本格化する次の四半期決算で、各企業がどのような発表をするかが焦点となる。特にAIバリューチェーン各社や金融機関、消費者のトレードダウン(低価格志向)による生活必需品産業の好調が持続しているかが注目ポイントだ。ここを通過して、過熱感のない上昇相場が継続するなら、秋以降の3枚のカードによってさらなる株価上昇も期待できるし、その可能性は低くないと考える。そうした展開を見越していま、投資対象を探すとしたら、今回挙げたような銘柄群はすべて有望と考えていいだろう。

【著者】
大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト 

1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。

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