安田秀樹【「Switch2」の初動販売は期待外れか期待以上か】(訂正)
投稿:
●世界、国内ともに歴代最速ペースの販売台数 6月5日に発売された任天堂 <7974> の新型ゲーム機「ニンテンドー スイッチ2(以下、Switch2)」は、日本では発売前に予約完売となるなど、ユーザーから見ると大いに盛り上がるスタートとなった。ただ、メディアや投資家の間では、悲観的な見方が広がっていたようだ。筆者は6月第1週に多くのメディアから取材を受けたが、質問の多くがトランプ関税による販売失速の懸念や、かつての任天堂のハード「ウィー・ユー(Wii U)」のように大失敗するのではないか、という不安についてであった。 つまり「Switch2」が発売される時点で、日本だけで220万件もの抽選への申し込みがあり、かつ多くの人が落選しているという事実があるにも関わらず、メディアは「Switch2」が売れない理由を探しているのである。筆者は心理学や行動経済学から、人間は利益を得ることより損失を被ることに敏感であるということを普段からよくコメントしている。行動経済学で言うところの「損失の敏感」という概念だが、メディアは暗黙知として、これをよく理解しているので、敢えてバッドニュースになるような情報を探してしまうのだろう。 そんな中、スタートした「Switch2」だったが、6月11日に任天堂から初週(4日間)の世界累計販売台数(実売)が350万台を突破したとの発表があり、翌12日にはゲーム情報誌『ファミ通』が、発売4日間の国内の推定販売台数が94万台となり、同社のゲーム機では歴代最速ペースの販売台数となったと報じた。 12日付の日本経済新聞が『ファミ通』の調査データを遡って調べたところ、これまでの主なゲーム機の初週販売台数は「プレイステーション2(以下、PS2)」が 63万台と首位に立ち、「ニンテンドーDS(以下、DS)」が 44万台と続き、以下、「Wii」と「3DS」の37万台、「Switch」の33万台と続いている。 世界同時発売が一般的になったのは2006年の「Wii」以降のため、それ以前に発売された「PS2」と「DS」の数字が大きくなっている。「PS2」は日本単独先行発売、「DS」は米国がやや先行したものの日本では年末商戦期の発売という販売方法で、初動分の在庫を国内に充てることができたためだ。それを考慮すれば、世界同時発売の「Switch2」の初週国内販売94万台がどれだけ突出した数字なのかが理解できるのではないだろうか。 「最初の2週間で42万~43万台の販売を達成できるかどうかが新型ゲーム機の成否のラインになっている」と筆者は長らく主張してきた。実際、歴代のゲーム機は初動でこの水準を下回って成功したケースがない。だが、今回の「Switch2」は初週でこのラインの倍を軽く超えてしまっているので、日本では成功がほぼ確定したと言っていいだろう。 実は筆者も以前は、「ゲーム機の成功のためには初動が大事だ」と示すデータの意味が理解できなかった。最近、行動経済学を学び直した際に気づいた点がある。前述した通り、人間は「損失に敏感」であり、経済学で言うところの「バンドワゴン効果」、つまり他人が持っているものを欲しくなるという習性があるということだ。現時点で筆者は「ゲーム機を持っていない状況」を人々が損だと感じるのに必要な台数が、この水準なのではないかと考えている。 ●世界で350万台販売がイマイチ株価に反映されなかったワケ それでは次に、「Switch2」発売による株式市場の反応を見てみよう。世界累計販売台数(実売)350万台突破が発表された当日の株価は反応に乏しかった。これはブルームバーグがアナリストの事前予想として、初期出荷が600万~800万台の見込みであると伝えていたことも影響したと見ている。 初期出荷の定義もあいまいなところがある。筆者は6月の1カ月間で600万台の販売数と見立てていた。そして、初回出荷数は400万台程度という感覚であった。電子部品メーカーの動向やロジスティクスの状況などから予測すれば、このあたりの数字が妥当だと考えていたわけだ。発売4日間の実売が350万台超というのは、この予想とそれほどかけ離れていなかったというところだろう。だが、上記のような600万台以上という数字がいつのまにか初回出荷に置き換わって受け止められた可能性がある。結果として350万台という数字が、低めに感じられたのではないか。 またメディアからの取材対応で気づいたのだが、初週の実売350万台という数字が他のゲーム機の販売実績の数字と単純比較できないことも影響しているようだ。任天堂はもちろん、ソニーグループ <6758> などの他社も、4日間という期間で実売を発表するのは稀なのである。例えば「PS4」は初日と2週間後の販売台数を発表したが、「PS5」は発売後、年末商戦明けまで実売の数字が発表されていない。つまり、期間のスケールが一致していないので、株式市場では今回発表された数字の意味を正しく消化できなかったのではないかと考えている。 しかし、やはり「Switch2」の発売4日間での350万台という実売数は、歴代のゲーム機でもおそらく最速だったはずである。任天堂とソニーグループが開示している販売(着荷)台数で考えると、「PS4」と「PS5」の最初の四半期(50日程度)が450万台程度なので、4日間で350万台という数字はこのペースを大きく上回っていると考えるのが妥当だろう。任天堂は筆者の取材に対して、「Switch2」の初週実売台数は「Switch」の175万台の倍であるとしていた。「Switch」の2倍の実売と考えると、ようやく350万台という販売数量が、驚異的な数字であることが分かるのではないだろうか。 ●会社予想の1500万台はもちろん、2000万台の可能性も そうなると疑問が湧く。2026年3月期における任天堂が掲げた「Switch2」の販売計画1500万台をどう考えればいいのかだ。これが保守的なのか、という質問をメディアから多く受けるのである。 以前も述べたように、筆者は2000万台の販売を予想している。350万台のセルスルーは出荷で考えると400万台近い。筆者予想の年度で2000万台が確実かどうかを判断するのはまだ早計だと思うが、1500万台は十分達成できそうな勢いである。 任天堂と筆者で販売台数の見立てに500万台の差があるが、その理由は簡単だ。輸送手段の捉え方の違いである。と言うのも「Switch2」を船で海外に運ぶとすると、米国に2カ月以上、欧州にも4カ月以上もの時間が必要になる。だが、これを航空機輸送に切り替えれば数日に短縮できる。任天堂の事業計画では空輸を見込んでいないようなので、このような数字になっていると考えている。 筆者は空輸さえできれば2000万台の出荷は十分可能だと見立てている。例えば筆者がカバレッジしている近鉄グループホールディングス <9041>や、阪急阪神ホールディングス <9042>、西日本鉄道 <9031>、NIPPON EXPRESS ホールディングス <9147> は傘下でフォワーダーと呼ばれるビジネスを展開している。これは顧客の荷物を、航空機や船舶などを保有している他の輸送事業者を経由して輸送するビジネスで、当然コストは大幅に増えるが、年末商戦期に航空貨物を活用することで、生産台数は増えなくても販売(着荷)数量を増やすことができる。 あとは需要となるのだが、前述したように、初動で大量に売れれば「『Switch2』を持っていないことが損」というユーザー心理が働くはずである。そして現段階で、「Switch2」はほぼ筆者の予想通りの推移となっているので、このまま3年程度は販売が伸び続けるはずだ。 そうなるとスクウェア・エニックス・ホールディングス <9684> 、カプコン <9697> 、コーエーテクモホールディングス <3635> 、バンダイナムコホールディングス <7832> などのサードパーティ(外部事業者)各社だけでなく、TDK <6762> 、アルプスアルパイン <6770> 、太陽誘電 <6976> などの電子部品セクターや航空貨物セクターなど、幅広い関連企業に恩恵を与えるだろう。 ただし補足しておかなければならない点は、『ファミ通』のランキングを見ているとサードパーティのパッケージソフトが売れていないように見える点である。愛好家にヒアリングすると、かなりゲームソフトが売れていると感じるので、ランキングのデータとは矛盾している。これはキーカードというユーザーにはほとんどメリットがない新しいシステムを導入したことが影響しているようだ。キーカードはソフトを起動する鍵が保存されたカードで初回プレイ時のみダウンロードが必要になる。ゲームソフトを読み込むROMが必要なくなり、その分のコストが削減できるため、任天堂やサードパーティの収益とはなる。だが、ダウンロード比率が向上すると、『ファミ通』のパッケージソフト販売調査データに「Switch」と比べて販売好調の効果が表れにくいので、短期的には株式マーケットに評価されない可能性もあろう。今後の注意点である。 【著者】 安田秀樹〈やすだ・ひでき〉 東洋証券アナリスト 1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。 株探ニュース