次の押し目が買い場か、エヌビディア決算で見えたもの<大山季之の米国株マーケット・ビュー>

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コラム

◆機関投資家はアンダーウェイト、期待薄で迎えたエヌビディア決算

 4月以降の波乱相場を経て、年後半へ向けての米国株式市場の方向感を定める試金石として注目されたエヌビディアの26年1月期第1四半期(2-4月)決算。今回はまず、その内容とマーケットの反応について考えてみたい。結論から言えば、市場が懸念していた業績悪化の兆候は見られず、やはり引き続き同社のAI(人工知能)半導体への旺盛な需要は続いているということを確認できる内容だった。

 5月28日(現地時間)に発表された同社の決算は、売上高が前年同期比69%増の440億ドル、最終利益は同26%増の187億ドルと、いずれも市場予想を上回った。この数字は、トランプ政権による対中輸出規制強化によって、同社の中国向けAI半導体「H20」の出荷ができなくなり、失った売上高25億ドル分の減損を反映したもので、もし、これがなければ売上高は前年比78%増の465億ドルを超える水準に達していた計算になる。さらに注目された第2四半期(5-7月)のガイダンス(業績予想)は、同50%増の450億ドル前後の売上高見込みと市場予想を若干、下回ったものの、これは対中規制でカットされた「H20」出荷分(売上高80億ドル相当)を反映した数字で、それを考慮すれば予想以上の"善戦"と言えるのではないか。

 この決算内容を受け、翌日の同社の株価は、決算翌日の反応としては久々に3%超の上昇となった。なぜ、そうした反応になったのかと言うと、背景にあるのは、今回の決算に対するマーケットの期待値が、これまでと比べると低かったからだ。

 それを如実に示すのが、機関投資家たちのポジションの取り方の変化で、年前半は多くのアクティブファンドが同社を始めとしたハイテク銘柄の保有比率を下げていた。ゴールドマン・サックス・グループが541本のファンドの保有銘柄を調査したところによると、ポートフォリオに占めるエヌビディアの構成比率は平均3.6%となっていて、これはベンチマークとなるS&P500種指数の同社構成比5%と比べてかなりのアンダーウェイトとなっている。代わりにオーバーウェイトとなったのが、ウェルズ・ファーゴやバンク・オブ・アメリカ、ビザ、マスターカードなどの金融機関で、機関投資家たちはこの半年、昨年までとは打って変わってハイテク企業とは距離を取り、バークシャー・ハサウェイばりのディフェンシブなポジションを取っていたのだ。

◆エヌビディアの株価が上昇するもう一つのシナリオとは?

 そんな中で発表されたエヌビディアの決算は、トランプ政権の対中規制の動きや影響が読めず、アナリストたちの業績予想もいつにも増してぶれが大きかった。だが、ふたを開けてみれば杞憂を吹き飛ばすような堅調ぶりで、「中東や東南アジアなど世界中の国々で、国策としてのAI投資が進んでいる」というジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)の発言が示すように、まだしばらくは時代のど真ん中にAIムーブメントがあり、さらにAIムーブメントのど真ん中にエヌビディアがある、という状況が続くのではないかと感じさせるものだった。

 では肝心の、いまの135ドル前後という株価水準をどう捉えればいいのだろうか。決算発表直後の時間外取引では大きく買われたが、その後は売り買いが交錯する状態が続いている。今後、同社の株価が水準を切り上げ、昨年前半に演じたような上昇局面を迎える可能性があるとすれば、カギを握るのは、やはり機関投資家たちの動向だ。

 まず一つ確かなのは、今回の決算は悪くはなかったが、昨年前半までのような、機関投資家たちが一斉に同社に資金を集中させるほどのインパクトのある内容ではなかったことだ。確かにトランプ大統領に同行した中東訪問によって大型商談がまとまったが、これが業績に反映されるのはまだ先の話だ。したがって業績面だけで考えれば、昨年のような急激な上昇パターンとなる可能性は低い。

 だが、同社の株価が上昇するもう一つのシナリオが考えられる。どのファンドマネージャーも、最低限のベンチマークとするのはS&P500などの主要インデックスで、インデックスのパフォーマンスを下回ることは許されないという"恐怖"の中で運用をしている。今年前半の相場では、AI関連銘柄のウェイトを落としたことが好パフォーマンスにつながったが、誰にも読めないトランプ政権の動きによっては、ある局面で一斉にマーケットがリスクオンに傾くかもしれない。例えば、4月に追加関税の延期措置を発表した直後や、米中両国が相互関税の引き下げを発表した直後、直近では米国際貿易裁判所がトランプ関税の差し止め命令を下した直後のように。

 結果としてS&P500やナスダック総合指数などの主要インデックスは4月初旬の暴落分を取り返したわけだが、こうした局面が今後も続くと、アクティブファンドとしてもインデックスの構成比が高いエヌビディアやアップルなどの銘柄の保有比率を上げざるを得ない。業績に裏打ちされた資金流入ではなく、相場の流れに応じてやむを得ず、機関投資家たちがAI銘柄に資金を投じることによって同社の株価が切り上がっていくことも考えられるのだ。

 ともあれ、今回のエヌビディアの決算で見えてきたのは、一時はバブル崩壊が囁かれていたものの、AI革命の太い流れは確実に続いているということだ。つまり振り返ってみれば、「ディープシークショック」からトランプ関税まで続いた2月から4月のAI関連銘柄の下落局面は、格好の押し目だったと言えるもしれない。そんなことを感じさせた決算だった。

◆秋まで温存された「パウエル・プット」

 一方、マーケット全般を見渡すと、トランプ政権が各国に向けて打ち出した追加関税の延長措置の期限切れがあと1カ月に迫る中、不確実性は依然として高いままの状態が続いている。先日、米経済雑誌『バロンズ』がユニークな記事を載せていた。昨今のトランプ政権の動向と株価の推移を、一部の市場関係者たちは「TACOトレード」と呼んでいるのだという。「Trump Always Chickens Out(トランプはいつも臆病になって、止める)」の略で、トランプ大統領は関税で脅しをかけるが大抵引き下がるので、トレーダーは過度に心配する必要はないという意味だ。同大統領の言動に株価が左右されるいまの米国株マーケットの状況をよく言い表しているではないか。ヘッジファンドや短期トレーダーには非常に面白い相場だろう。だが、多くの機関投資家たちは、いまのようなボラティリティ(株価変動率)の高い相場では、一斉にリスクオンというわけにはいかない。

 では、年後半へ向けて、彼らが買い判断をする局面はいつ訪れるのだろうか。いま、トランプ大統領の公約でもある大型減税案の上下両院での審議が進んでいる。焦点となっているのは、減税に必要な財源の不足で、公約通りの減税を進めるとなると、歳出が大幅に超過してしまう。したがって、例によって債務上限問題が再燃してしまうのではないかということなのだが、はたしてこうした見方は正しいのだろうか。

 と言うのも、トランプ大統領が公約の目玉として減税を掲げているのは、岩盤支持層である「MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)」スローガンの信奉者たちであり、ラストベルト(さびた工業地帯)の白人を中心とした中低所得の労働者層を念頭に置いている。政策が二転三転しているように見えるが、この部分だけはぶれていない。

 そのための財源を確保するためにトランプ関税が発動されたわけだが、よく考えてみれば、彼らに向けた減税策だとすれば、それほど多額の財源は必要ないのではないか。日本と比較すれば累進税率は高くないとは言え、多額の税金を納める富裕層とは異なり、もとから税収に占める割合が高くないこれらの層の減税をしたところで、それほどの収入減にはならないはずだからだ。

 つまり、トランプ大統領が最重要視する支持者たちへの減税なら、当初言われていたような歳入増は必要なく、自ずと各国に対する関税政策も穏当なものになる。この2カ月のトランプ政権の動きを総括すると、そんなことを感じている。

 いずれにしてもそれが明確になるのは、上下両院の予算審議の結果が出て、関税停止の延長措置が切れる7月以降になる。それまでの株式マーケットは、トランプ大統領の一挙手一投足で株価が揺れ動く「TACOトレード」が続くだろう。とは言え、いまの各企業の業績や米景気の状況から見ても、下押し材料はそれほど見当たらない。むしろ、次の下落局面は格好の押し目になるかもしれない。多くの市場参加者もその局面を、目を凝らして待ち望んでいるのが現状だ。

 もう一つ、年後半へ向けて、株価の浮揚条件となるのは、言うまでもなくFRB(米連邦準備制度理事会)の利下げだ。5月29日(現地時間)にパウエル議長と会談したトランプ大統領は、早期の利下げを要請したと伝えられているが、その後に出されたFRBの声明を読む限り、パウエル氏はトランプ大統領の圧力に全くひるんでいない。トランプ関税の不確実性が取り除かれない限り、利下げの判断などしようがない、というのがFRBの主張で、当然のことだろう。したがって、株式マーケットが期待する「パウエル・プット」は8月のジャクソンホール会議を経て、9月以降、年内2回程度、というのが妥当な見方ではないだろうか。見方を変えれば、4月時点で懸念されたようなマーケットの混乱は収まり、秋まで「パウエル・プット」のカードを温存することができた、と言えるのかもしれない。

 トランプ関税に大揺れに揺れた株式マーケットだったが、減税の規模が明らかになるにつれ、結局、どこかで当初、想定されたより穏当な着地点を探る。そのうえで、秋以降にFRBの利下げが始まれば、年後半には株価の上昇基調が鮮明になっていく。目先だけを見れば日々、状況が目まぐるしく動いているが、米国株マーケットの状況を俯瞰して見れば、年初に描いたこのシナリオには変化がない。

◆高額消費は好調、消費者の選別志向を捉えた銘柄も有望

 では具体的に、どのような銘柄やセクターに注目して、年後半へ向けての投資戦略を考えればいいのだろうか。まず、株価上昇の土台となる米国経済の景況感に関しては、富裕層はまったく問題ない。景気の先行指標となるクレジットカードの延滞率を見てみても、富裕層に特化したアメリカン・エキスプレス(アメックス)は悪化していないし、フェラーリやヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスやマリオット・インターナショナルなど高額商品の消費も好調が続いている。

 一方、キャピタル・ワン・ファイナンシャルやバンク・オブ・アメリカなど一般消費者向けのクレジットカードの延滞率は若干、悪化しているが、と言ってそれほど消費が低迷している様子はない。例えば、各種の景気先行指数を調査するコンファレンスボードが先月、発表した長期休暇の取得予定の調査では、取得率が春より改善している。不況になれば休暇どころではなくなるので、この調査は国民の意識を分かりやすく示す指標だと言えるのだ。

 とは言え、米国民が消費の選別を進めている兆しは感じる。実際、ウォルマートが26年1月期第1四半期決算発表時に値上げを示唆するコメントを出すと、翌日の同社の株価が急落した半面、ディスカウントストア大手のダラー・ジェネラルの株価が急騰した。旅行セクターでは、宿泊予約サイト「ブッキング・ドットコム」を運営するブッキング・ホールディングスの株価が年初来、右肩上がりで上昇している。節約志向まではいかないが、多くの国民の間で、同じものなら安く買いたいという意識が高まっているのだ。こうした消費者ニーズに応えた企業は、今後のさらなる事業拡大も期待できるだろう。

 AI関連銘柄については、押し目を待ってエヌビディアに投資してもよいが、上値余地の大きさを考えれば、むしろ同社以外の銘柄に注目すべきだろう。筆頭は、カスタム半導体に強みを持つブロードコムだ。アマゾン・ドット・コム、アルファベット、マイクロソフトなど、大手クラウド・サービス各社はAI半導体の自社開発を進めていて、年後半にはそれらが市場に投入される見込みだが、ここで使われているのが、ブロードコムの半導体なのだ。PER(株価収益率)は100倍超とエヌビディアと比べても高いが、売上高やEPS(1株利益)の水準を考えても、しばらく利益成長は続いていくのではないだろうか。

 AIを企業の業務に落とし込むAIエージェントの分野では、サービスナウやクラウドストライク・ホールディングスなどが業績も好調で、株価も上昇基調にある。さらに直接AIを手がけているわけではないが、中東を始めとした世界各国のデータセンター需要の拡大を見越すなら、空調を手がけるジョンソンコントロールズインターナショナルや、エネルギー需要拡大の恩恵を受けるGEベルノバなども、中長期的な投資対象として有望だろう。

 いずれにせよ、トランプ関税の帰結が見えてくるまではボラティリティの高い相場は続く。だが、多くの市場関係者が虎視眈々と狙っているように、次の急落局面は、年後半へ向けての格好の"押し目"になる可能性がある。その際に、今回挙げたような銘柄は、積極的にリスクを取りに行ってもいいのではないだろうか。


【著者】
大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト 

1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。

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