安田秀樹【「Switch2」の1500万台目標は少なすぎる? 任天堂の決算を読み解く】
安田秀樹【「Switch2」の1500万台目標は少なすぎる? 任天堂の決算を読み解く】
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●トランプ関税を織り込んだ電子部品セクターと万博効果の鉄道セクター 4月2日に発表されたトランプ大統領による相互関税の上乗せ分適用は、わずか1週間後に中国を除いていったん棚上げとなり、株式市場は落ち着きを取り戻しつつある。そんな中、2025年3月期の決算発表シーズンが始まった。企業によって業績はまちまちなのだが、今回の決算で特徴的だったのは、トランプ関税の影響で、従来とは今期計画の発表の仕方が異なっている企業が散見されたことだ。 電子部品セクターでは、まずTDK <6762> を挙げたい。同社は通常の業績見通しとともに、今期計画の下限として関税による影響(営業利益段階で450億円の減益)を織り込んだ業績見通しも発表した。現段階で関税の影響を示すのは難しいので、このような形になったと思われる。太陽誘電 <6976> は、関税による間接的な影響により、売上高ベースで90億円程度の減収要因となる見込みを発表した。TDK、太陽誘電ともに共通しているのは、4月末時点では関税の直接的な影響は表れていないとしていたことだ。これは現時点では追加関税が中国のみにとどまっている中で、すでにメーカー側が中国以外の生産地を活用する動きに出ているためだと思われる。関税のリスクを織り込んだとも言えるこれらの発表は、株式市場で高評価を受け、両社の株価は上昇している。 一方、村田製作所 <6981> の決算では、関税の影響は反映せずに今期計画を発表した。同社はすでに顧客側で部品の点数を削減する動きが明らかになっていて、円高も相まって今期業績に大きな影響が出ている。関税の影響を織り込めていない同社の現状を受けて、株価は軟調に推移している。 今回の決算で関税の影響を織り込んだ企業として、意外なところではJR西日本 <9021> がある。同社では下期に関税リスクを20億円程度織り込んだとしているが、これは関税による貿易量の減少が景気後退を招くことで、インバウンドが減少する可能性を示唆したものである。鉄道業界は保守的な計画を出す傾向があるとはいえ、かなり異色の計画だろう。現状では関税の影響は株価的にはネガティブな材料とされているが、まだその影響は見えておらず、一旦停止された相互関税の上乗せ分が再適用される可能性がある夏以降、再び様々な問題を引き起こしそうである。 鉄道セクターでは、開催中の大阪・関西万博の影響にも簡単に触れたい。万博による影響について、JR西日本は運輸事業で売上高200億円の増収効果を見込んでいるとした。ネガティブなニュースが先行し、イベントとしての成否が心配された万博だったが、筆者が普段から提唱している通り、ネガティブなニュースは拡散速度が速く話題になりやすい。これらのニュースによって、むしろ万博の認知度は高まったと捉えている。近鉄グループホールディングス <9041> やJR東海 <9022> ともども、万博の好調が知られるとともに株式市場での評価が高まる可能性がある。 筆者もゴールデンウィーク中に万博を体験してきたが、内容は悪くなかった。遅れて開業したインド館が人気になっているようだし、“バッドニュース”で周知が進んだことを考えると、もはや当初懸念されたような、「会場がガラガラ」という展開はなさそうだ。そうなると、関西国際空港の輸送を担う南海電気鉄道 <9044> もインバウンドの需要を見込めるので、短期的な業績拡大が期待できるだろう。 ●応募220万件の衝撃! 任天堂の今期計画を考察する 次に多くの投資家の関心が高いゲームセクターである。5月8日に任天堂 <7974> が25年3月期の決算を発表した。実績は大幅減収減益だったが、現行の主力ゲーム機「スイッチ(Switch)」末期ということなので、すでに終わったことと受け止められている。今期、26年3月期の注目はやはり次世代機「Switch2」についてであろう。同社によると、「Switch2」ハードは1500万台、ソフト4500万本(マリオカート同梱版を含まない。含むと5200万本以上としている)という計画だった。この数字には、多くの人々が少ないと感じたのではないだろうか。 理由は簡単で、同社の古川俊太郎社長が4月23日の19時にX(旧Twitter)へ投稿した「お詫び」に答えがある。任天堂は自社の直販サイト、「マイニンテンドーストア」で「Switch2」の抽選販売を実施していたのだが、応募数が220万件に上り、ストアの初回分の数量を大きく上回ってしまった。その結果、大多数の人々が落選することになるため、社長が謝罪するという事態になったのだ。 220万件の応募は凄まじいと言っていいほどの規模感である。何しろ、ここ15年の間に発売されたゲーム機の国内初週販売数は、「ニンテンドー3DS」が37万台、「Switch」が33万台、ソニーグループ <6758> の「プレイステーション(PS)4」が32万台、「PS5」が12万台というところなので、220万件の応募は文字通り、ケタ違いなのである。 そもそも「マイニンテンドーストア」の抽選には、「Switch」のプレイ時間50時間以上、任天堂の有料オンラインサービスへの加入期間が累積1年以上という申し込み条件があり、いわゆる“既存客縛り”が実施されていた。さらに2月に日本経済新聞が報道した通り、古川社長が初期需要を満たすほどの数を提供すると述べたこともあって、抽選販売が始まるまでは多くのユーザーが「Switch2」の購入は比較的容易にできるのではないかと考えていた。事実、Xのトレンドにたびたび、「全員当選」なるキーワードが入っており、ユーザーが楽観的に見ていたのは間違いないだろう。 その状況下で当選発表前日に、古川社長自らが投稿した「多くの方が落選する見込み」という“バッドニュース”はあまりに衝撃的で、瞬く間に世界中に拡散されてしまった。これによって、多くの人々が「Switch2」の需要に対し当初と比べて大きな期待を感じてしまったのではないだろうか。 これがなければ、「Switch2」の年間販売台数1500万台という数字は、過剰生産とすら感じられていたことだろう。なぜなら、世界的にヒットした「PS4」でさえ初年度が760万台、コロナ禍で市場が拡大したタイミングで発売した「PS5」は、初動が転売に支えられたにも関わらず、初年度は780万台という数字である。つまり今回の決算発表で同社が打ち出した「Switch2」の計画の半分程度の実績なのだ。客観的にこれまでのゲーム機の販売台数と比較するならば、今回発表した数字は、「多すぎて余るのではないか」と思われていたはずだ。 ●見えてきた売上高3兆円への道 任天堂の決算については、5月9日に決算説明会の質疑応答が公開されたので改めて振り返ってみたい。多くの質問が「Switch2」の販売台数に対するものだったが、「Q2」の質問は筆者が行ったものである。前回決算時の質疑応答でも同様の質問をしたのだが、その時は「体験会を見てから増産するかを検討する」といった悠長な回答だった。だが今回の回答では、「実際にはもっと早くから生産を強化していた」とのことであった。筆者は1月に「Switch2」はもの凄い売れ行きになるだろうと予測していたのだが、古川社長も実は同様の認識を持っていたようである。要するに1500万台はあくまで通過点であり、もっと販売数量は伸ばせるし、早期に供給が不足するような事態も予測していたのではないだろうか。それでも、抽選販売時の応募が、想定の数倍になったことは誤算だったのであろう。 これら一連の動きを推察した結果、筆者は今期の「Switch2」の販売台数を2000万台と予想している。任天堂元社長、岩田聡氏は「ゲーム機ビジネスは勢いだ」とことあるごとに語っていた。勢い次第で、「ハード販売の天井がいつで、年間の販売台数がいくらになるか」といった予測は意味を持たなくなる。そうしたゲーム機ビジネスの特徴を踏まえれば、今回の「Switch2」でも、予測数字が成り立たない状況になっているのではないかと考えている。 一応、筆者は28年3月期はハードの販売台数3000万台を想定しているものの、初動がこれほど高いと、さらに増加しても不思議ではないだろう。すでに26年3月期の任天堂の売上高は1兆9000億円の計画で過去最高なのである。筆者の予想が実現すれば売上高2兆円を超えてくることになる。初年度で2兆円となると、3年後には3兆円は十分狙えることになるだろう。 以前、筆者は任天堂の売上高が3兆円になると予想したが、その際のネットの評価は冷ややかであった。今はどうだろう。いずれにせよ、投資家としては上方修正の余地があるように見えるのは良いことではないだろうか。 ●関わる人すべてに恩恵を与える「Switch2」 最後に「Switch2」で恩恵を受けそうな会社も紹介しておきたい。なんといっても「Switch2」にゲームソフトを供給する大手サードパーティ(外部事業者)であろう。まずは『ファイナルファンタジー VII(FF7)』リメイクシリーズを投入することになったスクウェア・エニックス・ホールディングス <9684> は、株式市場でも現在の評価が高い。『FF14』が高評価の一方、『FF16』や『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』が今一つとなるなど、ゲームソフトの評価はバラツキが大きいのだが、『FF7』リメイクシリーズは安定した評価もあり、「Switch2」の販売台数が勢いよく伸びればシリーズ展開で伸びるだろう。 次にカプコン <9697> である。第1弾として『ストリートファイター6』と『祇(くにつがみ):Path of the Goddess』を発表しているので、今後も継続的にリリースがありそうだ。カプコンは主力タイトルが安定して評価されているので、「Switch2」で市場が広がる余地は大きい。 一方、コーエーテクモホールディングス <3635> は昨年まで冴えなかったが、これはハード選定のミスによるところが大きかったと考えている。同社の決算説明会では、「Switch2」にはゲームソフトとしての特性が合わないもの以外は出せるという説明をしていたが、ゲームの性能向上技術、DLSS(ディープラーニング・スーパー・サンプリング)の効果もあり、「PS5」向けゲームと同程度の高いスペックのゲームも普通に提供できそうである。したがって「Switch2」が売れれば、同社の評価にも変化が出てくるのではないだろうか。 バンダイナムコホールディングス <7832> は強力なIP(知的財産)を持ち、後発でシェアを拡大する戦術を採ることが多いのだが、今回は『ELDEN RING(エルデンリング)』を最新DLC(ダウンロードコンテンツ)まで含めて提供することを明らかにしている。多様なIPを持っている同社だけに、「Switch2」がヒットすれば必然的に業績拡大も見込めるだろう。 最後にハピネット <7552> を紹介しておきたい。同社は大手ゲーム会社以外で制作されたインディペンデント・ゲームを発売しているが、それとは別に国内のゲームハード、ソフトの卸売り業者の側面も持っている。今回、「Switch2」のハードおよび周辺機器、ソフトは「Switch」と比較して販売単価が上がるため、ゲーム機の販売が急増するとともに、同社の業績も急拡大が期待できそうだ。 これは筆者の持論なのだが、ゲーム機ビジネスの世界は、ステークホルダー(利害関係者)すべての効用が高くなければ継続的な発展は望めない。その点、「Switch2」は任天堂、サードパーティ、下請けのメーカー、卸売り、小売り、そしてユーザー全てに恩恵がありそうだ。もちろんそれは、株主や投資家にも大いにメリットがあるということである。 【著者】 安田秀樹〈やすだ・ひでき〉 東洋証券アナリスト 1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。22年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。大手証券会社の利害に縛られない、独立系アナリストとしての忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、任天堂決算を解説した動画「Switch2がものすごく売れると 予想する背景と任天堂の決算動向」を配信中。 株探ニュース