ディープシークの影響と「掘って、掘りまくり、火星に星条旗を」で騰がるトランプ銘柄とは?<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>

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コラム

◆よく練られたトランプ就任演説、次の焦点は4月1日

 世界の株式市場が注目したドナルド・トランプ大統領の就任演説だが、内容を精査する前に、まず押さえておきたいことがある。ご存じの通り、昨年11月の大統領選挙では、トランプ大統領が勝利するとともに、同時に行われた上下両院選挙でも共和党が制し、「トリプルレッド」を達成した。これによってトランプ大統領は政策をスムーズに実行することができると言われていたのだが、下院の状況を見るとそうとばかりも言えない。共和党220議席に対し民主党は215議席とかなり拮抗しているからだ。

 さらに共和党の議席のうち、1議席は閣僚入り、1議席は国連大使指名、もう1議席は不祥事による辞職で3つの欠員が生じている。3議席を差し引くと、共和党の議席は217となる。この欠員を埋める補選が4月1日のフロリダ州を皮切りに順次行われていくのだが、ここでもし、民主党が3連勝すれば下院は民主党が多数を占めることになり、「トリプルレッド」は崩壊するのだ。

 つまりトランプ大統領としては、今後4年間の政策運営を考える前に、4月1日までアメリカ国民の期待をつなぎとめておかなければならないということだ。これから2カ月、生活が確実に良くなるという希望を国民に与えなければならない。言い換えれば、大衆受けのする人気取りの政策が必要になる。

 就任演説自体は過激な発言もなく、よく練られた内容だった。特に印象的だったのは、犯罪者を撲滅するという強い姿勢を打ち出したことだ。もし、犯罪が減れば明らかに社会の雰囲気が変わり、景気も刺激される。もし、あの場で「グリーンランドを購入する」などと言いだしたらどうなることかと心配したが、そのあたりはEU(欧州連合)との関係もあって控えたようだ。

 経済政策では、「掘って、掘って、掘りまくれ」や「火星に星条旗を立てる」といった景気のいいフレーズのオンパレードだった。第一次政権でも感じていたことだが、トランプ大統領は直感が非常に優れている。国民が何を求めているのかを、感覚的に理解している。こうした演説を聞いていたアメリカ国民は、総じて拍手喝采だったのではないだろうか。

◆トランプ政権のカギを握るのはヴァンス副大統領の手綱さばき?

 ところで、トランプ大統領の政策の中には、確かに指摘されている通りのインフレ要因が含まれている。だが、それと同時に政府効率化省の設置や官僚の削減などのデフレ要因もある。懸念された中国をはじめとした他国への関税政策についても、いきなり高関税をかけるのではなく、慎重に進めるという姿勢を示した。トランプ大統領自身、インフレが急速に進むという事態は避けたいと考えたと見ていいだろう。

 それから就任式の壇上を見て感じたのは、J・D・ヴァンス副大統領の存在感だ。彼が状況をわきまえ、トランプ大統領が不必要に過激な発言をしないように抑えていたのかもしれない。彼がトランプ大統領の手綱をどうさばくか、4年間の政権運営のカギを握るような予感がする。

 トランプ大統領に問われるのは、この勢いを持続できるかどうかだろう。最初の関門は4月と予想される下院補欠選挙だが、インフレを抑制するためにシェールガスなど、化石燃料の採掘を推進するとは言っても、諸々の手続きや準備があるため、稼働は早くて半年後となる。さらに2年後には中間選挙が待っている。そこまで、国民の期待に応え、期待をつなぎとめなければならない。中間選挙の結果次第では、任期後半の2年間はレイムダックになるかもしれないのだ。

 今後の焦点になるのは、2022年に制定されたインフレ抑制法の廃止ができるかどうかだ。インフレ抑制法の中に10年間で3910億ドルの気候変動対策費が予算化されており、EV(電気自動車)購入補助金も含まれている。バイデン前政権の目玉政策の一つだが、この廃止が実現すれば歳出削減や成長分野への投資が可能になる。また、半導体セクターへの巨額補助金を設定したCHIPS法もトランプ政権は廃止したい模様だが、これは共和党内でも多数の反対者が出ており、実施できるか不透明だ。

 要するにトランプ大統領としては、補助金による産業政策振興策は止めたいと考えているわけだ。これは共和党伝統の小さな政府志向とも言えるが、今の財政状況から考えれば、明らかに正しい。新型コロナウィルスの影響があったにせよ、バイデン前政権は補助金政策をやり過ぎていたからだ。

◆「DeepSeek」の出現で大きく変わるAI勢力図 

 ともあれ、トランプ政権は始動した。この政権の経済政策の骨子を端的に記すと、「様々な分野で規制緩和を進め、将来の産業発展のための条件を整備していく」ということだ。「アメリカ・ファースト」を掲げ、成長を妨げていた規制を緩和して国内産業を活性化させる。こうした政策の影響は広範な産業に及ぶだろう。

 セクターでまず挙げられるのは、やはり生成AI関連だ。就任式の翌日さっそく、トランプ大統領はソフトバンクグループ <9984> の孫正義氏らをホワイトハウスに招き、AIインフラへの5000億ドル規模の大型投資を発表したが、このインパクトは小さくない。AIブームが1年や2年で終わるのではなく、その後も数年間は続くだろうと示したことになるからだ。もっとも、5000億ドルもの資金をどう調達するかは今後の問題だろう。

 ただし、生成AIについては、中国の新興企業、ディープシークが開発した低コストの新しいAIモデル「DeepSeek」が株式市場で注目を集めている。高性能の対話型AIを同等の能力を持つ生成AIの数分の1の費用で開発できるとされ、このニュースが報じられた1月24日以降、エヌビディアなどのAI半導体関連とマイクロソフトなどの生成AI関連の株価が大きく下がる事態になっている。ディープシークの新しいAIモデルの詳細は明らかではないが、より安いAI半導体とより小さなモデルで高性能AIをつくりたいというニーズはもともとあり、この方向で生成AIやAI半導体を開発している新興企業もある。

 「DeepSeek」が"本物"だとすると、これまでのように高性能AI半導体を大量に調達することだけが、生成AIや生成AIを組み込んだアプリケーションソフトを開発する早道だとは言えなくなる。安い半導体でも優秀な開発者と斬新なアイデアがあれば生成AIや様々なAIを開発できてしまう。様々なIT企業が行っている生成AI開発プロジェクトにも、AI半導体の需要にも大きな影響が出る可能性がある。高額な高性能AI半導体を大量に使って、最高性能のAIを目指す動きはこれまで通り大きな流れとして続くと思われるが、一方で低コストかつ個別ニーズに沿ったAIを目指す動きも枝分かれする形で出てくるのではないか。

 半面、生成AIや生成AIを組み込んだアプリケーションを自社で使う企業、自社のサービスに使おうとする企業にとっては、低コストで高性能の生成AIの誕生は朗報である。実際、1月27日のアメリカ株式市場を見ると、クラウドサービスでDX用ソフトを提供し、顧客サービスに生成AIを導入しているサービスナウ、同じく生成AIを自社のサービスに組み込むことが早かったセールスフォースの株価は上昇している。

 とは言え実際には、中国企業であるディープシークのAIを自社のシステムに組み込む欧米や日本の企業はほとんどないと思われる。やはり、情報漏洩は怖い。しかし、生成AIやAI開発の方向性について、安い半導体を使った低コスト高性能AIの方向性が加わること、枝分かれする可能性が出てきたことが重要である。「DeepSeek」の中身が十分伝えられていないため、不透明な部分が多いが、少なくともこれまでのような高額な高性能AI半導体を大量に使った、高性能生成AI開発一辺倒の動きに対して疑問を持つ企業が増えるのではないだろうか。

◆AI関連ではセールスフォースとパランティア、そしてテスラにも注目

 その意味では、IT企業を選別する際には、従来よりも幅広く選んでみたい。上述したような、セールスフォース、サービスナウのように、生成AIを使った顧客サービスを進めている会社にとっては、低コストの高性能生成AIはありがたいだろう。また、大手から準大手のクラウドサービス会社の中でも、アマゾン・ドット・コムのようにネット通販が大きな事業になっている会社、アルファベットのように検索サービスが主力の会社もある。

 あとはパランティア・テクノロジーズにも要注目だ。トランプ大統領の演説通り、これから軍事力を本格的に強化していくとするなら、軍事データのビッグデータ解析に定評がある同社はトランプ銘柄の本命だと言えるかもしれない。軍事力強化の面では、セキュリティー企業も有望だろう。パロ・アルト・ネットワークス、クラウドストライク・ホールディングス、フォーティネットといった銘柄だ。

 ただし、AI半導体については、「DeepSeek」がもし本物だとしたら、エヌビディア、ブロードコム、台湾積体電路製造(TSMC)の評価を変えなければならないだろう。高額な高性能AI半導体を使った超高性能AIを開発する動きは残るだろうが、全般的に生成AI開発の動きが鈍化する可能性もある。

 また、明日の未明(現地時間・1月29日)に発表されるテスラの決算は特に注目だ。EV補助金の廃止によって、この分野では同社以外は生き残れない"一人勝ち"の状態となるはずだが、はっきり言えば自動車メーカーとして見れば同社の株価はすでにかなり割高だ。今期、25年12月期にこの状態をどのように解消していくのか。前四半期の決算発表では、約3万ドルの低価格EVを今年前半に市場に投入するということだったが、はたして順調に進んでいるのかどうか。

 ほかにも自動運転タクシーなど同社には成長材料がいくつかあるが、実用化へのハードルは低くない。ただし、これも「DeepSeek」のような安い半導体を使った高性能AIが実際に開発できるのであれば、テスラの長期的な目標である完全自動運転に大きく近づくかもしれない。今期のガイダンスを含めて同社がどんな発表をするのかは大きな見どころだ。

 トランプ政策で活気づくことが期待される個人消費関連では、アマゾンに加えてウォルマートの決算に注目したい。いまの同社は売上高の15%から20%をEC(電子商取引)が稼ぐようになってきている。店舗で商品を受け取るサービスが好評だというが、この売上高がどう推移しているのか。あとは小売り店舗での電子商取引システムの構築や決済サービスを手掛けるショッピファイ、さらにエンターテインメント関連ではネットフリックス、スポティファイ・テクノロジー、ウォルト・ディズニーなどの今後の決算も、アメリカの個人消費の現状を知るためにも注目したい。

◆「火星に星条旗」で推進される量子コンピューター開発

 そして、トランプ大統領の「火星に星条旗を」発言でさらに火が付きそうなのが、量子コンピューター関連銘柄だ。量子コンピューターのセクターは昨年12月、アルファベットが量子チップを開発したと発表したのを契機として、大量の短期資金が流入した。いまのところ、株価が投機的な動きなのでそこを認識する必要はあるが、このセクター自体の潜在的な可能性がトランプ政権の誕生によって一気に注目を集めるようになったことは確かだ。

 何しろ月に行くのでさえ大変なのに、火星に行くにはどれほどの技術の進歩が必要なことか。それを可能にするとしたら、ひょっとしたら量子コンピューターのような画期的な技術が必要なのかもしれない。しかもかつては競合すると思われていた生成AIの技術を使えば、開発が加速することも分かってきた。つまりトランプ大統領の発言は、こうした次世代技術のイノベーションを促すという効果もあるのだ。

 このセクターの銘柄は、アルファベットやIBMなどの大手に加え、イオンQ、リゲッティ・コンピューティング、クオンタム・コンピューティングなどが挙げられる。中でも昨年、NASA(アメリカ航空宇宙局)との契約締結が伝えられたクオンタムの業績の推移は注目に値するだろう。

 そして「掘って、掘って、掘りまくれ」のエネルギー関連銘柄がある。アメリカ最大の天然ガス生産会社、EQT、世界最大の天然ガスインフラ企業、キンダー・モーガン、スリーマイル島の原発をマイクロソフト向けに再稼働すると発表して話題を呼んだコンステレーション・エナジーといった企業が代表的な銘柄だ。さらにアメリカ東部で事業を展開しているエンタジー、テキサスやカリフォルニアが地盤のビストラといった企業も挙げられる。それからヘッジファンドに非常に人気がある世界最大のウラン採掘会社、カメコもある。

 これらエネルギー銘柄の中では、超大型データセンターが増加したことによって電力需要が増加していることに加え、トランプ政権の化石燃料に対する規制緩和が実現すれば、原油価格、天然ガス価格が下落する可能性がある。したがって原子力発電と火力発電をバランスよく行っているコンステレーション・エナジー、エンタジー、ビストラのような電力株についてはトランプ政権誕生は好材料だった。ただし、これも「DeepSeek」がもし本物ならデータセンター向けの電力需要にも陰りが出るかもしれない。

 また、量子コンピューター関連は、昨年来、どの銘柄も急騰している。値動きが激しく、当面は短期投資の銘柄と捉えておくべきだろうが、宇宙開発予算の規模によっては、受注増加にも期待できよう。

 ただ、トランプ政権の始動で株式マーケット全体に追い風が吹くとは言っても、政策効果の対象が広く、どの銘柄を買うべきかという結論を出すのは現段階では難しい。こうした局面で個人的にお勧めしたいのは、S&P500種指数、ナスダック総合指数あるいはナスダック100指数、ダウ工業株30種平均などの主要指数に連動したETFを購入することだ。あるいは、これらのインデックス連動型ETFと個別銘柄とを組み合わせて投資するというやり方もある。トランプ2.0によって様々なセクターに変化が現れるならば、インデックス投資と個別株投資をうまく組み合わせてみるのも一つの考え方だろう。


【著者】
今中能夫(いまなか・やすお)
楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。

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